「ああ、見てみろよ同田貫。祭だ。こんなところでもやってるんだなぁ」
 遠く列をなして歩く人々を見て、御手杵はそんな事を言った。同田貫は瞠目して「馬鹿め、あれは葬列と言うんだ」と思った。思っただけで、言葉にしなかった。
 時々この槍は、ほんとうに人に使われていたのかと疑問に思うほど人のすること疎かった。人の身を得ながらも刀として生きる同田貫だって知っている当たり前のことを、御手杵という槍は何にも知らなかった。自分に似た境遇の武器として同田貫は御手杵を一目置いていたのだが、そんなことがどうでもよくなってしまうほど、彼は人を知らなかった。良くも悪くも、槍であった。同田貫はそんな彼を、馬鹿で哀れなやつだと思っている。人を知らず、己を武器であると自覚しながら、武器として使われた期間が短く、自らに対して自信がない。突くだけなら負けないと言いながら、切ったり薙いだりできる他の槍や刀への劣等感が強い。哀れだ、と同田貫は思う。
「……葬列だ。祭じゃない」
 そう零したのは先を歩く大倶利伽羅だった。彼は優しいからと笑った同僚の顔を思い出しながら、同田貫は無駄なことだと溜息を吐いた。するとやはり御手杵は「へえ、葬列か。ふうん。てことは、誰か死んだのか?」などとほざいた。馬鹿なやつめ、だからお前は蜻蛉切に困ったような顔で呆れられるのだ。
 結局御手杵は自分で話を振っておきながら、その列が祭だろうが葬列だろうがさして興味がなかった訳で、一瞥した後は見向きもせずに帰ろうぜと言った。葬列は蟻のように見えた。

 遠征は成功だった。成功しても失敗しても、そもそもこの遠征に出なかったとしても、あの葬列の主は変わらなかったろうと同田貫は思った。



「なあ、見てみろよ正国。葬列だ。誰が死んだんだろうな」
 遠く列をなして歩く大人たちを見て、結城義助はそんな事を言った。ここらではあまり見かけない延々と続く葬列は、今朝方大人たちが噂していた通りに町一番の金持ちのものなのだろう、と隣にいた榊原正国は考えた。黒い喪服の列は長い。榊原にも結城にもあまり関係のない話だったので彼は「さあな」と答えただけに止まった。葬列はまるで蟻の行列のようだった。
 榊原はこの自分より幾分も背の高い友人のことを、馬鹿で哀れだと思っていた。人でありながら人らしくない。愛想が無い訳ではないのに、人に好かれる訳でもない。嫌われることも、無関心に扱われる訳でもない。良いやつだと知人達は口を揃えてそう言うが、それだけ。結城義助は、ただへらりとそこにあるだけだった。彼には何かが足りないような気がしていた。そう思っていたのはどうやら一人ではなかったようで、クラスメイトの伊達広光も、担任の本多正真も、結城のことを心配しているようだった。もっとも、特に伊達などはそれをおくびにも出さなかったが。榊原にはそれが少し可笑しかった。
 そんなことを友人が考えているとは露知らずに、結城は眺めていた葬列から目を離して、帰ろうぜ、と言った。一面の田んぼは、すでに夕陽で赤く染まり始めていた。

 榊原は結城を馬鹿で哀れだと思っていたが、それはもっと漠然とした感情であって、よく教師に何度も同じ説教を貰っているのだから馬鹿だとは思っているが、本当に哀れんでいるのかと訊かれれば首を振る程度のものだった。どう思ってるのかと尋ねられた時に、頭にぽかんと『馬鹿で哀れなやつ』と浮かぶ。それだけのことだった。しかし馬鹿であろうが哀れであろうが、彼は結城の友人であることに変わりはなかった。共通の趣味があるわけでも何でもなかったが、ただただ彼等は友人だった。少なくとも榊原はそうであると思っている。



 御手杵が折れたと審神者から話があった。雨の音がやけに耳につく午後のことだった。訃報を聞いた同田貫は「戦場で折れたのなら僥倖じゃアないか」と思った。思っただけで口にはしなかった。同じ隊で出陣していたという蜻蛉切が、あまりに死にそうな顔をしていたからだ。同田貫はそこまで感情を知らぬ刀ではない。少なくとも、どこぞの槍よりは人を知っていると自負している。無闇に波風を立てる必要もあるまいと口を閉ざして、奴にはそれが足らなかったのだなと独りごちた。
 同田貫は、かつての御手杵が戦ではなく蔵の中で燃えて溶けたのだと聞いていたから、武器としての本懐を遂げられて良かったなと素直に思ったのだ。ただ少し、張り合う相手が居なくなってしまったな、とも感じたが、ついぞそれを言うことはなかった。一振り欠けたものの、本丸のどこか重い空気は徐々に回復し、数日中には滞りなく日常を過ごせるようになっていた。

 しばらくしてやって来た二本目の御手杵に、同田貫は軽い自己紹介を寄越した後、関わることはしなかった。あんな馬鹿で哀れな槍のことなど、一度面倒を見るだけで充分だと彼は言った。それを聞いていた大倶利伽羅は、少しだけ顔を歪め、同田貫は素知らぬふりをした。お前たちは優しすぎるのだ、所詮我らは武器にすぎないだろう。思うだけで言わなかった。言えば大倶利伽羅は、また表情を崩すだろうと予想できたからだ。同田貫は隊の士気を下げるようなことをしたくはなかった。
 一匹狼を装って肝心な事は何も言わないくせに、それでも他を心配せずにいられないこの刀が、同田貫には少し可笑しかった。



 結城が交通事故に遭ったと担任から話があった。入院するのでしばらく学校を休むというだけのことだったが、本多は何故か死にそうな顔をしていた。榊原は、結城は別に死んでないのだからそんな顔をしなくとも、と言いかけて、自分が物騒なことを考えていたのに気が付いた。死んでない、確かに死んではいないらしいのだが、友人が事故で大怪我をしたというのに死んでないから大丈夫だろう、というのは、無い。あまりにも。榊原はそんな自分に驚いて、それから、結城の入院先を本多に尋ねた。隣町の大きな病院だった。
 今日の放課後見舞いに行こうぜと伊達を誘ってみたが、曖昧な顔をされて断られた。心配ならそうと言えば良いのにと笑いかけて、鼻をつままれた。



 刀剣達は、以前あれほど仲の良かったというよりは、連むことが多かった御手杵と同田貫が、今回ほとんど接触していないということに気が付いていた。もちろんそれが、同田貫が二本目の御手杵を意図的に避けているからだというのも感じていた。見兼ねた近侍が審神者へ進言して、内番を二人で組ませても、同田貫は碌に会話をしようとしないのだ。
 どうしたものか、と頭を悩ませている仲間達に、大倶利伽羅は放っておけば良いだろう、と言った。あんなのであいつは存外人間臭いから。今は逃げてるだけだが、そのうち自分で決着をつけるだろうと。
 同田貫はそんな心配をよそに、今日も無言で畑を耕す。二本目の御手杵が鍬を下ろして弱音を吐いた。



 その日榊原は夢を見た。日本刀を持って、戦場を駆ける夢だった。榊原は碌に日本刀など見たことはなかったのだが、夢の中の刀はひどく精巧で、不思議なことに夢の中の自分は刀の扱いに覚えがあるようだった。
 刀は見た目より重く、夢の中の榊原はザクザクといっそ小気味好く人に似た異形を斬り伏せていく。黒い着物に黒い鎧で、黒い拵えの刀で以って、自分は何かと戦っている。否、戦うというよりは、暴れるだとか楽しんでいるだとかいう方がそれらしい。正義の味方が悪の組織と戦う、というような雰囲気ではなかった。少なくとも、自分と同じ顔の黒衣装の男はそうだった。
 さらに奇妙だったのが、その夢の様子について榊原に何も驚くことがない、という事だった。どこかで知っているらしいのだ。刀の重さも敵を切る感触も、夢の中の情報は目新しいものではなかった。夢なのだから当然といえばそれで終いなのだが。
 戦場を駆ける自分は、とても生き生きとしていた。



 二本目の御手杵が折れた。今度は伝聞ではなく、同田貫の目の前で折れた。同田貫を含めた練度の高い刀が補助をしつつ戦うことで、低練度の刀剣達を鍛えようという最中だった。それまでその合戦場では見られなかったはずの、見た事のない非常に強い敵後になってあれは検非違使と呼ぶことを知ったが現れたのだ。練度の低い刀達はあっという間に折れてしまった。残った者たちだけでは太刀打ち出来ず、這う這うでどうにか帰城した、という有様。被害は甚大だった。
 折れた刀剣は、前田藤四郎とへし切長谷部、そして御手杵。生き残ったのは同田貫、大倶利伽羅、太郎太刀。
 武器である自分を"生き残った"と表すのは妙だ。朦朧としている頭で同田貫はそんなことを思った。大倶利伽羅は血が足りなくなったのか意識を失っており、隻腕になった太郎太刀が抱えている。かくいう自分の足取りも非常に覚束ない。
 門を潜るとすぐに審神者が飛んできて、続いてやってきた者たちにあれやこれやと指示を出す。どうやら手入れ後に詳しい話を聞く、ということになったらしかった。ぐったりとした大倶利伽羅が、体格の大きな者に運ばれていく。今にも死んでしまいそうだ。太郎太刀は次郎太刀が必死に声を掛け、その体躯を支えて手入れ部屋に向かう。
 同田貫を支えたのは蜻蛉切だ。彼はまたしても死にそうな顔をして、歩けるか、と問う。同田貫は返答ができず、結局ほとんど抱えられるようにして運ばれていった。



 榊原が教えられた病室に入ると、並べられた四つのベッドの内、右の奥に結城、左奥に男が眠っていて、右手前には子供が一人で手遊びをしていた。子供は榊原を見て、こんにちは、と笑う。榊原は、おお、と小さく声を上げながら手土産を結城のベッドの横に置いた。結城は思いの外けろりとしている。(「そいつが正国だよ前田、さっき言ってたやつ」「剣道がお強い?」「そうそう」「わあ凄い! 私が元気になったら、いつか教えてくださいね!」)
 隣町の大きな病院だというから大怪我でもしたのかと思えば、よくよく考えれば自分の町にまともな病院がないというだけの話で、榊原はなんだか拍子抜けしてしまった。
 結城は同室の子供前田と呼んでいたに、榊原が持ってきた見舞いのゼリーを彼の許可なく分け与える。二つしか買わなかったので、必然的に榊原の分は無くなった。
「ありがとな、ちょうどゼリー食べたかったんだ」
 へらりと笑われ、前田少年も嬉しそうに礼を言うものだから、榊原はそれでも良いかと頭を掻く。結城の向かいで眠っている男が、ううん、と静かに呻いた。



 3人目の御手杵がやって来た。彼は、よろしく、と未だ戦には戻れていない同田貫へ笑いかけた。へらりと、まるで、なにも知らない子供のように笑った。
 同田貫は小さく返事をして、馬小屋へと足を向けた。

 それから御手杵はチョロチョロと同田貫の後をついて回った。1人目がそうしたように同田貫と話し、2人目がそうしたように戦場を駆け、彼等は気の知れた友人のように在った。

 いつしか同田貫は3人目の御手杵に、違和感を覚えるようになっていた。人として何かが可笑しいのだ。何かが欠けている。
 そう言った彼を、大倶利伽羅は眉を顰めて見ていた。同田貫は大真面目だった。御手杵が、おぉい、と声を上げている。



 結城は長くも短くもない入院生活を無事に終え、学校に戻った。奴はあからさまにホッとした顔の本多を見て笑い、遅れた分の勉強の面倒を見ようとする伊達を笑った。
 病室で仲良くなった前田少年とは、あれからも連絡を取っているらしい。彼が退院出来る日も遠くないから、剣道教えてやってくれよ、と榊原は頼まれた。断る理由はなかった。



 この日獅子王が同田貫に、お前最近おかしいぞ、と言った。嗚呼、遂に言いやがった、と大倶利伽羅は顔を険しくした。
 同田貫は何を言われたのか分かっていないようだった。大倶利伽羅にはそれが殊更恐ろしかった。獅子王も不味い顔をしていた。
 おぉい、と御手杵が同田貫を呼んでいて、彼はそちらへ消えていった。

 あんなにも、自らを武器と信じて疑わず、その事に誇りを持ち、人の体を得ても尚、武器であり続けた刀だった。それが今はどうだ。大倶利伽羅は困ったように頭を掻く獅子王を横目に思う。あんなにも刀であったのに。
 まるで人間のようだ、と。
 あの槍がそうしたのだ。その気が無くても、かつてここにいた同田貫正国という刀は最早失われてしまったのだった。


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