※十二国記パロ





 予感めいたものはあった。

 いつからか、自分の居場所はここではないと感じるようになっていた。自分が生まれたのは、もっと荒れ果てた侘しい大地であるはずだと。そんな訳がないのに、どうしても故郷がここじゃない気がしていた。家族には言えるはずもなかった。
 御手杵はその漠然としたこの疎外感を、この位の年頃にはよくある現実逃避だと思い込んでいた。実は自分が異世界の王族の血を引く者であるとか、そういった類の恥ずかしい妄想だと思って、いつも知らないフリをしている。
 梅雨でもないのにここ数日降り続いている雨が少し気になった。その日の夢に現れた、見たことのない馬か鹿のような獣の、燃えているように揺れる赤い色が雨の中に見えた気がした。

 学校に着くと、同級生達が何やら怪談咄で盛り上がっているようだった。夏はまだ先なのに、おかしな人達だなあと思ったのだが、耳に入ってきたその内容に何故かどきりとした。
「知ってる? 最近この近くで幽霊が出るって」
「あれだろ、赤い髪の男が何かを探してるっていう」
「人を探してるって話だぜ。見つかったらあの世に連れて行かれるのかも」
「幽霊じゃなくて、ただの人探しなんじゃないの?」
「でも急に現れて、気付いたら居なかったって西校のやつらが」
「やだ、やめてよ。幽霊なんているわけないじゃない」
 かたん、と教室の隅で音がして、彼等のうち何人かが大袈裟に肩を震わせる。御手杵が机にぶつかった音だった。
「あ……ごめん、驚かせたな」
 なんだよびっくりしたじゃねーか、と軽口を叩く彼等に笑い掛けながら、御手杵は自分の席に着いた。嫌な予感と、妙な期待とが入り混じっていた。

 果たして、その日の放課後に事件は起きた。

「嗚呼、ここにおられましたか」
 聞いたことのない、落ち着いた男の低い声がした。
 御手杵はじゃんけんに負けてゴミを出しに校庭の隅に来ていて、運悪く辺りに人は見当たらず、背中に冷や汗をかいた。状況からすると男が自分に声をかけたのは明白だ。思わず立ち止まってしまった以上無視するわけにもいかず、なるべく普段通りなるよう振り向いた。人の良い笑みも忘れずに。
 後ろに居たのは、赤い、赤い髪の男だった。夢に出てきたのと同じ赤。
 ゆったりとした黒い和服を来た、体格の良い男。炎と言うよりは夕暮れの紫に似た赤い髪は脚のあたりで揺れていて、ひょろりと長い御手杵と変わらないほどの長躯。そんな男が、ほっとした顔を自分に向けている。まるで迷子の子供を見つけた親みたいに。
『人を探してるって話だぜ』
 今朝方のクラスメイト達の怪談咄が脳裏を過った。先程男は何と言ったのだったか。じとりと濡れた髪が、顔に張り付いた。
「お迎えに上がりました。嗚呼、随分お待たせしてしまった。お許しください」
 ゴミ袋を持ったまま固まる御手杵を余所に、赤い髪の男は言葉を続ける。
ーー迎えに来た?
 もしかすると、もしかしなくても、この男が探していたというのは自分だと言うのか。
 御手杵は混乱していた。見ず知らずの男がまるで自分の知り合いであるかのように話し掛けて来ていて、クラスメイトの話を信じるのならあの世に連れられてしまうのかもしれない、それでなくとも不審でしかないこの状況で、この時を待っていたように喜んでいる自分がいる事に、御手杵はひどく混乱していた。何故か、帰れるのだ、と思った。どこに帰るのかは分からないが、この男に着いていけば帰れると。
 固まったままの御手杵に、男は何を思ったのか、突然膝をついた。ところで男をよくよく見ると和服ではなく、中国かどこかのものに似ている。土は連日の雨でどろどろで、汚れると止める間もなく、男は手をつき頭を垂れた。まだ呆然としている御手杵に、男は何事かをつらつらと言う。テンメイをもって、までしか聞き取れなかった。
 男はその低い声でたっぷり二行分何かの口上を述べたあと、頭を下げた姿勢のまま「許す、と仰ってください」と言った。訳も分からぬまま、それでも何かの確信を持って、御手杵は、許す、と呟いた。声が擦れている。雨の音が騒がしい。
ーー帰れるのだ。
 男が御手杵の靴、足の甲に額を当てるのさえ黙って見ていた。ゴミ袋のことも、クラスメイトの怪談も、降り続く雨も、今の状況のおかしさも忘れて、ただ、揺れる赤い髪を見ていた。

△△

 その日の夜は嵐になった。降り続いていた雨が夕方から勢いを増して、川は増水し、山の方では小規模だが土砂崩れが起きた。幸いにも被害は小さく死者は出なかったが、とある高校の生徒が一人、帰宅しないまま行方不明になっている。


▲ 雨に赤


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