ごめんなさいが脳を支配する。
ごめんなさいごめんなさい。生き残ってしまってごめんなさい。守れなくてごめんなさい。振りほどいてごめんなさい。
謝っても許されない。知ってる。でも、ごめん。ごめんなさい。
雲が同じ雫石を落とし続けるのと、まるで変わりのない行為。リフレイン。リピート。繰り返す、言葉。
ごめんなさいに溺れる。自己嫌悪と後悔で首が締まる。息のしにくい世界だ。君達がいないだけで、こんなにも、こんなにも。
鉛によく似た雲に、塞がれてしまった空は何色だっただろうか。もう覚えちゃいない。俺はまた繰り返すのだ。
雨が降る度に首を締める自傷行為。ごめんなさいばかりを言う。今日も雨。たぶん、明日も雨。見えない空が泣いているんだ。
侵食する侵食する侵食する。雨粒で脳が錆びる。嘘であったらよかったと思うほどに、錆びて動かなくなる気がした。
俺は皆を差し置いて、シアワセなんてものを手に入れる資格などないのだ。

▲▼

べとべと雨に濡れた頬を拭って、少年は呆然と立ち尽くしていた。拭っても拭っても、べとべと頬は泣いている。

と、ふいに風が強く吹いた。少年の髪をくしけずるように、頬をさらうように吹く。思わず、彼は顔を上げた。

「ねえ、マキナ」

塞がれた世界に、少女の声が響く。立ち尽くした少年の前に、手を後ろに組んで、除き込むように笑う彼女は軽やかに言った。

「もう、許してあげたら?」

赤い目が綺麗だと、場違いなことを考える少年の耳に、凛と刺さった。笑顔をやめ、慈しむような、姉のような、母のような顔で彼女は続ける。

「自分のことが許せないんでしょう」

「でも。でもね、0組のみんなは、はじめから貴方を責めていなかったわ」

「だから、もう、いいよ。許してあげて」

「少しでもいいから、シアワセを受け取って。きっとみんなもそう言ってる」

少女の声と共に、ぼろり、何かが剥がれ、落ちていく音がした。
空を背景に、風に吹かれて、そこだけ切り取った写真みたいに少女は微笑んだ。
目に沁みる色だった。

▲▼

「おはよう、あなた」

年老いた女性が、聖母の笑顔で彼を迎える。同じく年老いた男は、黒がかった白髪を揺らして身を起こした。

窓の外は晴れやかで、いつかの虹が見えている。
雨上がりの空は美しかった。
トンカントンカン、町の動く音がする。彼が修復した世界は既に、自らの力で回っていた。
侵食はもうどこに見当たらなくて、支配していた「ごめんなさい」もどこかへ消えた。

許されていいのだろうか。
許してもいいのだろうか。
シアワセを、享受してもいいのだろうか。

どこからともなく、いいよ、と幼い声がした。それは外で騒ぐ子供たちの声だったかもしれない。隣で微笑む細君が聴いたかどうかは分からない。彼女はただ優しく、男の錆を払い落とした。
深呼吸をひとつして、もう一度窓を見た。長い長い雨は止んだのだ。

見知った空は、果たして、何色だっただろうか。


▲ Good morning, friend.
どうぞ、幸せに。


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