カトルは朱雀が好きではなかった。玄武や蒼龍には感じえなかった嫌悪感を、彼はあの肥沃な土地を持つ人々に抱いている。劣等感や羨望からではなく、ただ、好きにはなれなかった。

滅多に言葉を発しないかのルシは、よく人であったということを忘れられがちであるようだ。立ち振舞いも少々大人びていて、更に肝心の顔も仮面で隠されてしまっていて年齢も分からないのだから、それも仕方のないことであるが、華奢な肩が幼さを物語っている。

「どうかしたか」

急に声を掛けてしまったために、その華奢な肩が少しだけ跳ねる。するとルシは振り返り、声の主を認識するとまた元へ向き直った。
視線が注がれているのは窓の外。カトルが見たところで、そこにはただ一面、雪しかない。

「……クリスタルが、」

声は切れてしまいそうに細く、抑揚は薄い。数瞬後に響いた金属音(誰かが鋼機倉庫へ戻ったのだ)がもう少し早ければ、誰にも聞き取れないのだろう。
果たしてルシにあとどれほどの心が残されているのか、なんてものは最早本人にも分からないのかもしれない。

「クリスタルが、どうした」

哀れな肩に情でも湧いたか、無意識に柔らかい口調になっていたことに気付く。馬鹿なことをと嗤いを噛み砕いて呑み込んだ。
自分より幾何も幼いとはいえ、相手はルシである。

「……いや」

なんでもないとルシは口ごもった。ただ窓を見る、その表情は如何なる物か。
カトルは急に仮面を剥がしたい衝動に駈られた。細かい装飾の金属板を引っ付かんで引き剥がして幼い顔を晒して、それで、嗚呼、それでどうする。彼は戦うためのルシであるのに。
呻くような声を、上げそうになった。何かむず痒いような、ちょうど例の小娘をどういうわけか引き取ると言ったときに似た何かが、腹から沸き上がり喉でつかえた。彼が反応した様子はなく、実際に呻いたのかは、さて。
雪の白しかない、見慣れすぎた者には何もないと言えるほどに白い景色を、何ゆえに見るのか。

朱雀の子は。
不毛な雪原に、何を。
何を、見る、?

「なにも」

囁く少年の、否、白虎のルシの声にカトルは少し驚いてみせた。心を読むわけでもあるまい、彼の問いに応えたのではないのだろうに。表に出ない驚きはそのまま消える。

「なにもないのだと、思っていた」

雪しかない窓を見て。言うのだ。何もないのに。
カトルは目を細め、やはり子供は戦うべきではないのかもしれん、と、考えた。
厳しい冬は間近である。凍える季節でなかったとしたら、わずかばかりの温もりを与えることができたのかもしれない。今のカトルは、与えるものも持ち合わせていなかった。
そこまで考えて、はたと気付いてせせら笑った。

「(馬鹿馬鹿しい)」

面白くもない冗談だ。気分が悪い。喉でつかえた何かを取り除こうとして、だから朱雀は嫌いなのだと一人、吐き捨てた。
名も知らぬ朱の子は何もない窓の外を見ている。


▲ 不恰好なマリア像のレプリカ
愛でもないのに


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