手土産


「あのいつまでそこにいるんですか早く出てってください」

迷惑です、の言葉は言えなかった。
なぜなら彼がわたしの大好きなイチゴのモンブランを手土産に持参していたからだ。
週末に片付けたリビングはすっきりしていて気に入っている。通販で買ったローテーブルもシンプルなデザインで部屋によく似合っている。そのテーブルの上に、いつのまにか持ち込まれたお揃いの二枚の皿、さらにはイチゴのモンブラン。
くっ、優雅なお茶会を開くな、ここで。
わたしは長い脚をテーブルからはみ出させている男の肩を叩いた。

「五条さんってば。勝手にわたしの部屋に居座らないでください!」
「だって居心地いいんだもん」
「だもん、じゃないです。だいたいアナタの部屋は隣にあるでしょ」
「春が僕の部屋に来てくれるならいいよ」

それじゃ本末転倒です。今度こそわたしは突っ込んだ。
この五条悟という男、馴れ馴れしいけどただの不法侵入者だ。この男の罠にうっかりハマってしまい隣人となってしまったわたしは、以来付き纏われている。そろそろ警察に突き出してもいい頃だと思う。

「いいから食べなよ。これ、普通なら3時間並ばないと食べれないよ?」

う、と言葉に詰まる。
イチゴのモンブラン。確かにこれ、有名な洋菓子店のやつ。雑誌とかテレビでも取り上げられてて、店舗は朝から行列とかで売り切れるのも早い。食べられるのはほんとに一部、かなりラッキーな人達だ。
桃色のクリームが繊細にとぐろを巻き、その上に艶やかなイチゴが乗っている。もはや芸術品。クリームの甘やかな香りとイチゴの甘酸っぱい香りに鼻がくすぐられる。
見た目が手のひらサイズほどのデザートは「はやく私を食べてネ」と言わんばかりだ。

「……今日だけですからね!」
「ほいきた、座って座ってー」

うきうき……いや、渋々五条さんの正面に腰をおろし、すでに準備されている小振りのフォークでイチゴクリームを掬う……ああもうすごくおいしい。ほっぺた落ちそう。

「幸せそうに食べるねえ」

ちょろいわ、と小声で聞こえたけれど、五条さんを部屋に入れてる時点でわたしに勝ち目はない。

「さっさと僕の部屋に越してきたらいいのに。そしたらイチイチ移動する手間省けるよ」
「やです。五条さん胡散臭いんですもん」
「ちゃんと働いてる社会人に胡散臭いはないんじゃない?」
「えっ。働いてるんですか?」
「ジーザス。してますー八時間労働残業休出つきですー」

不躾だとは思ったけど、我慢ならずにわたしはジロジロと五条さんの全身を見た。いつも通り黒を基調とした服。夜道にうまく紛れそう。感想としてはそんなものだった。

「仕事してるとこ、想像つかない」
「まあね。特殊な仕事だからね。……気になる?」
「……イイエ。」
「強がっちゃってー! 春が知りたいなら教えてあげる。僕がこの階の部屋のほとんどを借りてる理由、知りたくない?」

五条さんが声を潜めた。サングラスの奥がきらりと光った……気がする。
確かにこの階、わたしの部屋以外を五条さんがすべて使っている理由は初対面時から気になっていた。加えて彼の職業。付き纏われることは多くても、自分の情報をひとつも漏らさない五条さんはいわば謎の人で、わたしに構う理由にも心当たりがない。
そんな五条さんが一つ、情報公開しようとしている。
正直気になる。

「……それは、まあ……」
「でしょう? ほら、耳貸しな」

五条さんが人差し指をくいくいと動かした。
わたしはフォークを落とさないように皿に戻した。甘いものにつられるように、彼のほうへと耳を傾ける。

「っ、ひゃ、!」

ぺろんと耳朶を舐められた。
想像していなかった感触に飛び退き、肩を震わせる。
……五条さんは腹を抱えて笑っていた。

「……ちょっと! からかいましたね?!」
「だって、もう、ちょろすぎ……っはは、ひー、くるしい」

わたしはわなわなと拳を震わせた。怒り心頭である。
手をつけてない五条さんのモンブランを取り上げて、これはわたしが食べます!!と宣言した。

「もー!! いいから早く出てってくださいー!!」


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