冨岡さんが好き!

やあねえ、そんな可愛いお顔をしても無駄だわ、ふふふ。
冨岡の腕に抱かれたままわたしは嗤う。剣士らしい力強い腕、だけどそれさえ可笑しくってたまらない。ねえあなた、さっきからどうして怒ってるの? 言葉にしてくれないと分からないわ。
くぷり。口の端からさらに笑いが溢れる。冨岡の怒気に嫌悪感が混じる気配がする。
このどうしようもなく露骨な表情が好きだ。愛しい。彼の怒った顔はどこまでも可愛いことをわたしはとうの昔に知っている。

「ナオ」
「なあに、義勇」
「俺に隠し事をしていたな」
「わたしだってあなたが鬼狩りだなんて知らなかったわ」

冷たい目線が突き刺さる。
冨岡の首に腕を絡ませた。上半身をぐっと密着させる。唇をねだってみても、つれないほどに反応しない。

「嘘をつくな」

押し返され、壁に叩きつけられた手のひらに彼の同じものが重なる。
日輪刀の持ち方に癖があるのだろう、指の付け根にある胝が不思議と肌に馴染む。この硬い皮膚に触れるのもこれで最後なのかと思うと、青臭い失恋にも似た想いがした。
重ねた手のひらの力を緩めることなく、冨岡は低い声で問う。

「あの男は誰だ?」
「誰のことを言ってるのかしら。わたしを口説く男はあなただけよ」
「戯れ言は聞き厭きた。もう一度訊く。あの男は誰だ」

わたしは溜め息した。肺にくすぶっている熱い塊をせりあげ、気管を通し、口から吐き出す。息を止めた。瞬間、全身の神経に雷が走った。

「くどいぞ」

冨岡の目が驚きに丸くなる。彼の腕を引き剥がしたのだ。
冨岡自身かなりの力で掴んでいただろうに、女のわたしが容易にそれを外したのだからその反応は正しい。
でも、いくら想定外だからといっていつまでも呆けているのはいただけないわ。ほらわたしを見て。現実を受け入れて。
わたしはあなたが想っていたような華奢な少女ではないのだから。

「……ナオ」
「なあに。吃驚した?」
「俺はくどくない」
「……ぷっ。うふふ、義勇のそういうところ、わたし好きよ」

笑いかけてみせても反応の薄い肩に、躊躇いなく抱きつく。
襟首に顔を埋めて香を嗅ぎとる。こうしていると不思議と落ち着く。もしかすると自分は冨岡と普通に恋ができるんじゃないかって、浅はかな考えが過る。
少し前の出来事だ。わたしの正体がばれた。それもあの人と共に居るところを見られて。
この話はそれだけ。とても面白くない。つまらない。あなたもそう思うでしょう。
人間と鬼の恋物語なんて、まったく巫山蹴てる。

「ぎゆ、う、」
「選べ。ここで俺に殺されるか、あの男の名を口にして自ら死ぬか」
「……ッ……――」

首に温かな感触。這いずるような速度で冨岡の手のひらが皮膚に食い込んでいく。
すぐに気管が潰れ、肺から酸素が失われた。
くらり、くらり、少しずつ視界に靄がかかり始める。頭の先が甘く痺れているのは気のせい、だろうか。
馬鹿ね、人間の腕力くらいあっという間に払えるというのに。冨岡は暢気な距離でわたしの首を絞めつづける。

「……わたしが、あの人の名前を口にしたら……あなた焼きもちを焼くでしょう」
「いいや。そいつを殺す」
「ふふっ……うふふふふふふふ。調子に乗るなよ鬼狩りの餓鬼が。お前如きがあの方の美しい名を知れると思うな」

涙一滴ほどの情けも寄越さないところが彼らしかった。首の骨がゴキゴキと歪んだ音を立てている。
冨岡の腕の中で死ぬのも無惨様の名に苛まれて死ぬのも、本音はどちらでも構わない。
選べないの、ごめんね、大好きよ。××。



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