デンジと女児

「ん」
「誰だよこのガキ」
「拾ったんだ。世話してくれ」
「はァ?」

差し出された女児をデンジは引き気味に見た。見ず知らずのガキを世話してくれ、などと唐突に告げられてハイわかりましたなんて言うヤツはこの世にいない。
大柄な岸辺に首根っこを掴まれて宙ぶらりんになっている女児は「降ろしてよ」と反抗的なご様子だ。

「いいけど暴れるなよ」

念を押した岸辺がぱっと手を離すと、肩の高さまで持ち上げられていた小さな身体が重力に従って落下した。難なく受け身をとった女児は、地に足をつけた瞬間、逃げるようにデンジの背後に回り込む。公安の制服の裾を遠慮のない力加減握りしめ、岸辺に向かって警戒態勢の構えをとった。

「あたしデンジがいい」
「あん? なんでオレの名前知ってんの」
「俺が教えた」
「何勝手に人の個人情報流してんだよ。情報ろーえーだ情報ろーえー」
「尻の皺の数まで教えてやったから安心しろ」
「じゅうさんほん!」
「何言ってんのお前」

腰のあたりに纏わりつく見知らぬ女児にデンジは悪態をついた。そのまま岸辺のほうに押しやろうとするがちょこまかと動き回ってデンジの手から逃げている。同時に岸辺からは一定の距離を保って近づこうとしない。どうやら岸辺は苦手対象らしい。

「つーかよォ岸辺先生、オレ今から夜の学校デートで忙しいからさっさとこいつ連れて帰ってーーあ?」
「岸辺、もう行ったよ」
「はああ?!」

ようやく捕まえた小さな身体を羽交い締めして振り返ると、岸辺は忽然と姿を消していた。なんという秒速技。この瞬間、断られるのを承知で連れてきたという事実が証明された。押しつけやがったな、とデンジは恨みがましく呟く。
いや、つーかホントにこいつ何。
自分の半分程度しかない背丈を見下ろす。浮浪児というわけでもなさそうで、髪の毛からは石鹸の匂いがした。

「あたしね、ナオって言うの」
「いや聞いてねえけど」
「チェンソーの悪魔さん、あたしを彼女にして」
「んんんんん? 何言って、いやオレは確かにモテたいけど、待てよお前何歳?」
「小学六年生だから……。十二歳」

ナオの返答を元に、デンジは両手を掲げて左から順に折っていく。十二歳ってことは……十二本だ。両手あっても足りねえぞ! 何考えてんだあのアル中親父。
デンジは迷った末にとりあえずナオをアパートに連れて帰った。拾い主である岸辺にとんずらこかれたので仕方ない。
道中ナオが手を繋ぎたいと駄々をこねたので、これまた仕方なく差し出したデンジの左手をナオははしゃぎながら握った。拭えない子守り感にデンジはすでに嫌気がさしていた。

「……たでーま」

アキから預かっている合い鍵を差し込み部屋に入る。うわ、と声が出たのは膨張した熱気を感じたためだ。締め切られた扉や窓は室内を順調に蒸し風呂に育てたようだ。
抵抗を感じつつもナオの手をむりやり解き、靴を脱いで窓を開けにかかる。
まだ仕事に出ているらしくアキの姿はなかった。パワーは数日前から公安内で血抜きされに家を空けている。
デンジが銀色のクレセント製の鍵を回して窓を開放すると、体感的にやや涼しい空気が流れ込んできた。薄い生地のカーテンが生気を取り戻したようにゆらりと揺れる。窓の外の景色には同じような棟がいくつか並んでいて、対面する廊下に人影はなかった。これらの建物は公安職員専用というわけではなく、一般的な賃貸で一般的な人間が多く生活している。誰一人姿を見せないというのは暑さに参って部屋に引きこもっているからかもしれない。

「デンジ、おなかすいた」
「んなこと言ったってなんもねーよ」
「よるごはんは?」
「さあ」

んなもん料理担当に聞いてくれと思うが居ないので聞けやしない。

「オレが帰ってきたら準備してやるから」

適当なことを言い繕ってナオを納得させた。ナオは「ほんとォ? デンジ料理できるの?」と疑い半分の様子だったが、準備してやる、というデンジの言葉に半分は期待を抱いたようだった。
子どもの期待の眼差しに慣れていないデンジはう、と言葉に詰まった。いらんこと言わなければよかったと後悔するが後の祭りである。
満たされない胃袋のやるせ無さをデンジは知っている。空っぽでいる時間が長ければ長いほど惨めな気持ちになるのだ。だけど、いくら惨めさを抱えていようが腹は満たされない。空腹を埋めるのはパンとか米とか肉とか魚とかそういった存在の役目なのだ。

「……帰りにコンビニでなんか買ってきてやっからよォ、文句言うなよ」
「うん! あたしなんでも食べる! ありがとお」
「じゃっ。オレ出かけるから」

最後は早口で捲し立ててデンジはアパートを後にする。
今日はレゼと夜の学校を探検する約束の日だ。何日も前から楽しみで眠れなかったが、そんなことは気にならないくらいデンジの気分はギラギラと昂っている。
エレベーターを待てず階段を駆け降りる頃には、デンジの頭はレゼとの甘酸っぱい妄想で埋まっていた。



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