気になる後輩

わたしのバディと姫野が同時期に寝込んでしまったため、今日は早川と即席バディだ。
早川とは過去に臨時で何度か組んだことあるので大丈夫です。今朝、マキマさんに伝えた自分の言葉を思い返す。それをやや後悔した。思い上がりだ。大丈夫です、って、数年前の話じゃないか。現在の早川は昔とは全然違う。特異四課の実力者。そう評価される彼の戦闘力は、わたしの知る数年前より格段にあがっていた。
ばっさばっさと悪魔を切り屑にしていく早川の姿こそ悪魔だ。返り血に染まった横顔に、わたしの中で『後輩早川アキ』を象っていた面影はすでになかった。

「スッゴいなあ……自慢のバディじゃん、姫野」

目の前で巨大な影が蠢く。
視線を早川から戻すと、正面にいる深海生物みたいなナリをした悪魔が、目にも止まらない速さで触手を伸ばしてくる。触手の先にはぶよぶよした丸い房がついている。あれ、触らないほうがいいよな――思った瞬間には目の前まで迫り、中途半端に半身を引いたせいで房が肩に触れてしまった。爆竹のような音を鳴らして破裂する。肩の肉が抉れて血飛沫があがった。

「……ッ!! いったいなぁ、ジャマしないでくれる?」

指鉄砲をする要領で深海生物悪魔に狙いを定める。口の中で呟く。契約悪魔の気配をすぐ隣に感じた。直後、触手が発火した。
ガソリンの道を辿るように炎は触手を走り抜ける。

「燃やして。こんがりと、そう、炭になるまでね」

わたしの言葉に呼応するように業火は燃え上がる。まるで獲物を飲み込む捕食者だ。大きな口を開けて相手を丸呑みしている。
抵抗する悪魔を、わたしの悪魔は器用に閉じ込め、高温で嬲り殺そうとする。「上手だね」と呟いたのは残虐性に関心したからだ。目には目を、悪魔には悪魔を。デビルハンターを数年やっていると頭のネジが外れる、その自覚がある。姫野みたいに外れ損ねた人間もいるが。
……早川は、どうだろうか。
公安一の悪魔嫌い。家族を銃の悪魔に殺された。早川に復讐者の烙印を押す評価の言葉を列挙するのは容易い。だけどそれが早川の本質を捉えているとは思えなかった。
悪魔みたいな横顔。シャワーのように浴びた悪魔の血。早川はまだ、人間の安全装置を持っているだろうか。
ほの暗い感情が胸のあたりを満たしている。姫野は、わたしとは違う。だったらこの後輩は?
わたしと同じところまで『堕ちて』いるのだろうか。
あたりに蛋白質を燃やすような猛烈な異臭が立ち込め始めた。背後から落ち着いた歩幅の足音が聞こえてくる。

「相坂先輩。こっちは片付きました」
「お疲れ様。帰ろうか」
「この傷どうしたんです?」
「どうしたもこうも。油断しちゃったよ、あはは」

上手だね、とわたしは心の中で悪魔を称賛した。上手に抉れてる。血肉に塗れて見え隠れするのは骨だ。ぶちぶちに飛ばされた皮膚組織は治癒に時間を要するだろう。痛みだって正直に言うと、気を抜くと悲鳴をあげそうなレベルだ。

「痛いなあ」
「油断するからでしょ」
「手厳しい」
「だって先輩、俺のことずっと見てたじゃないですか」

見てな……うん、見てたな。
悪魔的に悪魔を倒す早川の刀さばきをじっと見てた。

「見惚れてたんですか?」
「見惚れてほしかったの?」
「冗談ですよ」
「わたしだって冗談だもん」

にこりとも笑わず言うのだから、冗談かどうか区別がつかない。
こんなに扱いにくい後輩だったっけな。
わたしは首を傾げた。

「相坂先輩、肩貸してください」

言われるがままに左肩を早川に預ける。そうじゃなくて、と拒否された。
どうやら用があるのは吹き飛ばされた右肩らしい。
私物のハンカチを取り出すと、細く絞り、わたしの肩口に巻きつけていく。止血してくれているようだ。その間にも新しい血がわたしの腕を汚した。一部はスーツに染み込み、一部は皮膚を伝って指先からぽたぽたと垂れてアスファルトを濡らした。

「ごめんね、早川のハンカチなのに汚しちゃって」
「先輩にあげます。返してくれるなら新品がいいです」
「わかったよ」
「次またご一緒する時にでも」
「また、いいの?」
「いいでしょ。そのくらい」

めんどくさそうに早川は言う。今日の任務なんて何て事ないようだ。特に記憶にも残らない、膨大な任務のただ一部。

「また怪我するかもしれない。早川に見惚れて」

冗談っぽく笑うが早川は真顔だ。

「心配するんでそれはやめてください」

後ろ暗い期待は小さな絶望へと変化する。本気で他人の身を案じるなんて、早川は意外と優しい。
心配なんてしてくれなくてよかったのにと、心底思う。できれば同じ場所まで堕ちてほしいとすら考えてしまう。
なんてことは、姫野に嫌われるから言わないけど。



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