同族嫌悪

おいしい、と彼女は笑った。
フォークを動かしながらスプーンを動かしながら、ナイフを使わないのは彼女の主義とかそういうんじゃなくて、単に苦手なんだそうだ。幼い頃に不注意から包丁で指を切り落として、以来。
だから彼女の左手の薬指は、第一関節から先がない。
皿を持つ手が、マグカップに添えられた手が、しかし彼女は自身の歪な形にまったく頓着していないらしかった。

「すっごいおいしーこれ。また腕あげたね」
「どう〜ナオちゃんも練習してみない? 俺教えてあげるよ」
「アハッ無理無理! わたし料理できないもん」

軽快に笑い飛ばされた。冗談じゃなかったんだけど、と縢は内心思う。
もともと器用な性質なのだ。普段はまったくキッチンに立たないと言うが、その気になれば容易に人並み程度に作れるようになるだろう。
パソコンのキーを叩く。デバイスを操作する。ドミネーターを装備する。容疑者の腕を捻りあげる、その指は、いつだって迷いなく滑らかに動いている。
縢たち執行官に指示を出すときだって例外ではない。この年下の女監視官は、砂糖一粒ほどの可愛げもない正確な指図をよこすことで一課ではもっぱらの評判だ。

「勿体ないねえ」
「勿体ない?」
「そ。ナオちゃん、せっかく美人なんだし、そのうえ料理できたら株あがりまくるじゃん」
「そう? ま、できないもんはできないわ」

言いながらマグカップに口をつける。

「縢はすごいね。こんなとこにいなけりゃきっとモテてたよ。勿体ない」
「なにそれ。俺が今言ったことの後出しじゃん。お世辞にも聞こえないけど?」

くつくつと笑って見せると、彼女が案外まじめな顔をしていることに気づく。

「……うん、絶対モテるよ。働くのも馬鹿らしくなるくらい女のコに貢がれてプー太郎まっしぐら。で、最後は侍らせてる女のコのうち一人に刺されるの……。
自分で言っといてなんだけどこれはないわ。ない」

宜野座さんの前で報告書を読み上げるみたいに冷静に言うものだから、縢は間髪入れずに噴き出した。

「いいね〜それ! そういう流行らなそうなドラマの設定好きだぜ。採用」
「よくないよ。縢死んじゃうんだよ?」
「いやいや、俺殺したのナオちゃんじゃん」
「アッそうだったうっかり」

わざとらしく小首を傾げる様子に苦笑する。
同時に重たいものが落下する鈍い音が響き、会話を割いた。
こういうことは普段からあった。左手の薬指の欠けている部分がマグカップの重心を思うように支えられなかったのだ。
淹れたてのコーヒーがテーブルの上を転がる。苦みのある香ばしいにおいがあたりに広がる。
縢はいつものように、慣れた動作で手を伸ばした。

「火傷とかしてない?」

自分の手のひらの上に彼女の手のひらを乗せた。どうやら中身はかかっていないようだ。
縢よりも一回り小さな手を観察する。あるべき一部のない不揃いな指。他のそれらより少しだけ短い指は、色白で、先は丸みを帯びている。

「大丈夫だってばあ。心配性だな」

彼女は自身の歪な形にまったく頓着していない。いっそ楽観的なほどに。
――その屈託のなさに時おり苛ついている自分を、縢は遠くにある景色を眺めるような気持ちで見ていた。
どうしてナオは平気な顔をしているんだ。トラウマになってもおかしくない出来事に遭遇し、その象徴である後遺症すら残っているというのに。
彼女が縢に対して口にした『こんなとこにいなけりゃ』――たったの一言ですら、こっちは処理に時間がかかったというのに。

「ナオちゃんはなんでも明るく捉えすぎなんだよ」

意地悪してやりたくなる。
物をよく落とすよね。箸を持つのもへたくそ。その筋の人ですかって初対面の人によく勘ぐられてるし。薬指、しかも左手って、好きな人にもらった指輪もはめらんない、ね。

(縢ってずっと施設にいたんだってね。慣れないこと多いでしょ。なんでも聞いてよ。)

彼女は最初からそうだった。なりたくもない執行官に任命されてふて腐れていた頭をストレートに殴られた気分たった。
正直な瞳。明るい声。鋭利な言葉。
彼女はどう転んだって常にそうだった。

「そうかな? でも悲観的よりはいいでしょう」

囚われていても自分の肩身が狭くなるだけだよ、縢執行官。
にやり。彼女は口角をあげて笑った。

「……俺、たまにナオちゃんのこと好きなのか嫌いなのかわかんなくなるよ」
「わたしは結構、同族な気がして縢のこと好きだけどね」



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