五条と後輩

宵闇の中、呪力のぶつかり合う音が響いている。

「まっさか応援要員がナオだったとはねー」

五条さんは軽口を叩きながらちゃっちゃと呪霊を払っていく。口を動かしながらきちんと手も動かす。器用なことだ。

「……っ、」

一方でわたしは黙々と手だけを動かし続けた。新調したばかりの日本刀を丁寧に扱う。前に壊して以来、修理費が高くついたので武器の扱いにもいちいち慎重になる。
今回の任務で派遣されたのは都市部から離れた貯水ダムだ。水辺から現れる呪霊(五条さん曰く雑魚)を、狭い渡橋で二人で片っ端から片付けていく。五条さんのほうが呪力の影響が強いので八割方彼が引き受けている状態だ。

「ねーえってば。どう考えても僕一人で十分だと思うんだけど」

状況にそぐわない緊張感のない声が聞こえた。
夜のダムは当然明かりが少なく、加えて闇に紛れる黒服を着ているせいで五条さんの姿形はぼんやりとしか見えない。わたしに向けられたマイペースな声音と呪霊を攻撃する音だけが彼の存在をわたしの脳に知らせている。
五条さんほどの圧倒的な呪力があればその存在感など感覚で察知できるのだけど、今はたぶんセーフティモードなのだろう。鬱陶しい虫をあしらう程度の呪力しか用いていない様子だ。

「そんなこと、呼びつけた七海さんに言ってくださいよ。大方派手な闘い方するあなたのストッパー役でしょうけど」
「ストッパー? ははん、そういうのは実力が対等な者同士が成り得るものだよ」
「……仕方ないでしょ。あなたと比べたら誰だって、ッ」

目の横スレスレを火花のようなものが走った。それは物凄い速さで水面にぶつかり、弾けて、水面下にいた呪霊を一瞬で消し飛ばした。
……なんでアレが見えるわけ?
わたしはぎこちない動きで五条さんを見た。
水の下で息を潜めているモノは気配が鈍る。ただでさえ水回りは良くないものが集まってくるし、感情や気配が融けこむために分散されるから。

「やー危なかったね。つうかナオ、ここに居ても足手まといじゃん。怪我する前に帰れば?」

雲間から月明かりが差し、黒い水面を照らし出した。離れたところで闘っていると思っていた五条さんは思いの外近くに立っていた。にやにやと笑いながら揶揄まじりの台詞を放ってくる。守ってもらっといて何だけど明らかな煽り言葉にイラっとする。

「その一言要ります?」

七海さんが「信用はしてるけど尊敬はしてない」と真顔で言っていた気持ち、今ならよく分かる。

「帰りませんよ。仕事なんだから」

情けなくも尻餅をついてしまったので、立ち上がろうと地面に手をついたその直後。
にゅっ、と差し出された五条さんの手は、掴まれということだろうか?
いやいや、まさか。五条さんがそんな生ぬるいことするわけがない。現にさっきだって煽られたばっかだし。
わたしは気にせず膝に力を入れる。五条さんは拗ねたように唇を尖らせた。

「ひどいな。せっかく手を貸してあげてんのに無視?」
「……何企んでるんですか」
「濡れ衣だよ」

五条さんはへらりと笑うと、わたしの手を掴み勢いよく立ち上がらせた。190センチに容赦なく引っ張られ、体勢を崩したわたしはその場でよろめいた。

「おっと」

長い腕がさりげなく腰に添えられて支えとなる。形の良い指は細いんだけど力強く、よろめいたわたしの体をしっかりと受け止めた。

「ほんと、不出来な後輩だよ。こんなんじゃいつまで経っても生徒を任せらんない」
「……っ悪かったですね、これでも努力はしてます」

腰を支えていた五条さんの手、その手首に指をかけ、やんわりと解いた。
余裕のある台詞や弱い者を助け起こす仕草が、実力的に五条さんより劣っている事実をまざまざと見せつけるようだったから。
あなたと比べたら誰だって。高専を卒業した同年代の呪術師なら、一度はそんなことを考えたはずだ。

「そうなの? 呪術師なんて努力より才能が物を言うでしょ」
「喧嘩売ってんなら買いますけど」
「僕、勝てる喧嘩しか振っかけないからお好きにどーぞぉ?」
「金的が得意技なんですよ」
「いつから武闘家になったんだよ。おー怖っ」



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