五条(父)と中学生(娘)

呪術師になりたい。
わたしがそう訴えると、父さんはいつもきっぱりと「駄目」って言う。
いつのことだったか、珍しく一人で宅飲みしてほろ酔いになった父さんが呪術高専で教鞭をとるのは後進を育てるためだと教えてくれた。だからわたしは決めたのだ。呪術師になろう、と。わたしをここまで育ててくれた父さんに親孝行をするにはこの道が最たるものだと信じて疑わなかった。
だというのに。

「どうしてだめなの?」
「駄目なものは駄目」
「呪術高専に入学したいの!」
「わがままな娘だなあ」

中学二年、冬。
来年の受験に向けて配布された進路調査書にはデカデカと『東京都立呪術高等専門学校』と書き記した。第二、第三希望は空白のまま提出した。
でも書いただけではだめだ、と最愛である父親の顔を思い浮かべながら考えた。書いて提出するだけなら簡単だ。父の性格だったら進路調査なんて一瞥した上で「あっそう」で済ませてしまうだろう。どうせ本気じゃないでしょ、つーかナオに呪術師なんてムリ、なんてあしらわれるのが目に見えている。
認めてほしかった。呪術師になりたいと思うわたしの気持ちを、他の誰でもない父さんに。
こんな紙切れ一枚だとしても、「わかった。頑張れよ」って太鼓判を押してほしかった。

だけど、かなしいかな、結果は予想通り。父さんは認めるどころか「ずぇ〜ったいだめ」と意固地に言い張った。
リビングにてわたしは父さんと対峙した。

「だからどうして? 父さんはイイよって頷くだけでいいのに」
「何回言っても駄目。諦めなさい」
「父さんがそんな態度とるならわたし、今度の修学旅行で福岡土産買って来ないからね!」
「なっ。それとこれは話が違うでしょ。福岡ならなんばん往来、期間限定博多あまおう味でお願いシマス」
「わかった、博多あまおう味ね。本当にそれでいいのね?」
「当たり前でしょ。イイよ」
「じゃあわたしが呪術高専に入学するのは?」
「イイに決まって、あ、違」
「ハイ今良いって言ったー! 録音したからね! 忘れないでよ!」

録音アプリを起動したスマホを片手に、言質をとれたことに嬉々としてガッツポーズする。
土産話に釣られるなんて父さんもまだまだね!
浮かれていると視界の隅で父さんが素早く動くのが見えた。あっ、と気づいたときには浮遊感に襲われ、視界がぐるりと反転する。

「わわっ……!」

思わず瞑った目をおそるおそる開くと、目の前に父さんの顔があった。その奥には見慣れたリビングの天井。背中はさっきまで座っていたソファの、柔らかな感触に包まれている。
一五〇センチそこらしかない身体は、一九〇センチ近い長身に簡単に動きを封じられてしまう。

「ナオ」
「何よ。父さんの分らず屋」

呪術師になりたい。この気持ちは本物なのに。
どうして認めてくれないの。折れる気配のない父親に反抗的な目を向けた。
父さんはそんなわたしを叱るわけでもなく静かに見つめた。幼い頃から慣れ親しんだ大きな手がわたしの手首をするりと撫でる。呪術師として戦うその手のひらは少し乾燥していてかさついている。……今度ハンドクリームでも買ってこようかな。プラザで見つけたかわいいやつ。
なんてことを考えていると、父さんの手が滑らかに動き、わたしの手の内からはスマホがあっという間に抜き取られてしまった。

「あっ、だめ、返して!」

慌てて取り返そうとすると人差し指が口に宛がわれる。
言葉を制して父さんは、一年に一度見るか見ないかくらいの真剣な表情でさらに続けた。
家庭では見せない、たぶん、仕事用の顔だ。

「絶 対 駄 目」



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -