今夜、会いにゆきます。
そう手紙をもらった。鉛筆で書かれた、筆圧の薄い字だった。
特別きれいでも、汚くもない。

「……こんばんは」
手紙で指示された通り、陽が落ちて四時間後に学校の教室へ向かうと、そこにはセーラー服の少女が一人いた。どうやら手紙の主はこの学校の生徒であったらしい。糸色望様へ、と書かれただけで差出人の無い封筒からはなんの感情も読めなかった。考えてみれば、あのような手紙ひとつで私もよく夜の学校へと出向いたものだなと思う。オリオン座が煌々と輝く季節、吐く息は紫煙のように白い。
私の気配に気づいた少女はこちらを振り返り、寒さに鼻の頭を赤くしたままにこっと笑った。
「こんばんは、糸色せんせ。……ほんとに来てくれるとは思わなかったな」
少女がこてんと首を傾げて目を細める。揶揄ではなく本心であろう言葉が少し心外だ。
「場所が学校でしたからね。不審者が待ち伏せでもしていれば、最悪、宿直室に駆け込みます」
「わたしは先生を取って食べたりしないよ?」
「……それは男の沽券にも関わりますので、私としても断固拒否します」
「ふふ」
穏やかに談笑しているが、そもそも私は手紙に呼び出されたのだ。そして手紙を書いたのはおそらく。
「あなたですよね? 私に手紙をくれたのは」
「そうだよ」
あっさり認めた。いたずらが成功たときのような顔をしている。
こちらとしてはその通り、思いきりいたずらされた気分だ。今夜、会いにゆきます。たった一言でそんな、ここはこんなにも寒く、冷たいのに。
「わたしね、教室って好きなんです」
「……私もそれなりに好きですよ。教壇なんかは毎日踏んでいると、好きというより愛着があります」
「わたしたちより一段高い場所だね」
「そういう意味ではありません」
「ふふ。先生がわたしの先生をしてくれたから、教師が聖職なんて言われる理由、分かった気がするなあ。だって汚くないもの」
「こんな死にたがりがですか?」
「先生のそれは死にたいんじゃないでしょ」
「……分かったふうなことを言うんですね」
「だって分かるもん。わたし、死んでるもん」

ああだから、と納得した。
私の持つクラスに、このような少女はいない。
吐息とともに夜の空気に溶けだしそうな白い肌も、細くぺたりとした黒髪も、口をすぼめて小さく笑う仕草も。見たことがあるようで、現のものではない。

「糸色せんせに会いたかったの」
「失礼なようですが、私はあなたに会った記憶がありません。それでもあなたは私に会いたいと思ったのですか?」

ふふ、と少女が笑う。
「当たり前じゃない。去年の今頃も会ったよ。おととしも、その前も。だから来年も、会いに来ます」
でもね、できればね、とまなじりを下げる。
続けられた少女の言葉は、私は来年には忘れてしまっているのだろう。

ほんとはね、糸色せんせと来来世世いっしょに居られる、終わらない冬を待っているの。


終わらない冬を待っている
『夜会』様へ提出


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