いつもと違う、そう感じたのは二人揃って布団に潜り込みしばらく経った頃だ。
すぐ目の前に悠仁がいる。わずかに目を伏せて、大型犬が甘えるみたいにキスの雨を降らせてくる。わたしは悠仁の首に腕を回してそれに応えた。

「ね、どしたの、ゆーじ」
「どしたのって、んん、どうもしてないよ?」

わざと顎を引くと、追いかけるようにして口を啄ばまれる。悠仁がこれほど露骨に甘えてくるなんて珍しい。日頃から人との距離感が近くて五条先生に抱きついたり伏黒の耳に何か吹き込んだりしているけれど、今の悠仁は、なにかが違った。

「なんで?」
「だって、今日の悠仁……いつもより触り方が優しいから」

気遣いも勘繰りもなく正直に思ったままを伝えると、悠仁は軽く笑った。どうやらわたしの言葉は半分流されたようだ。
再び寄せられた唇を拒んだ。彼の鼻を摘むと、ふご、とくぐもった呻き。

「ちゃんと聞いてる?」
「聞ーてるよ。ごめん」
「謝ることのほどでは……」
「じゃなくってぇ、ほら、今日の昼間のこと」

悠仁が語尾を泳がせた。言いにくい、言い出しにくい、そんな気配を感じ取る。
今日の昼間といえば、心当たりがある。悠仁とツーマンセルで任務に赴いていた。廃れた寺を住処としていた呪霊を一掃するのが今回の内容だった。どれも四級三級ばかりで、二級術師になって日が浅いわたしと新人術師である悠仁としては経験するにちょうどいい任務になるはずだった。
特級の出現と、それに伴い両面宿儺が悠仁を乗っ取ったのは完全に想定外の出来事だった。
悠仁ーーいや、両面宿儺が気紛れに放った一撃。それは特級呪霊ではなく、わたしに向けられた。

『ナオ!!!』

地面に叩きつけられた瞬間、悠仁の声を聞いた気がした。脳内に直接響くような必死の声。言うことを聞かない筋肉をやっとの思いで動かした先に、悠仁と同じ造形をした、けれど本来の彼とは比にならないくらい凶悪な表情を浮かべた男が立っていた。
そのあとすぐに意識が途切れて気づいたときには家入先生の処置室に寝かされていた。正気に戻った悠仁が抱えて連れ帰ってくれたのだと後から知らされた。
自分で殴っといて自分で助けるなんて、宿儺の器も滅茶苦茶ねえ。家入先生はいつもの気だるげな調子で話していた。

悠仁が気にしていること。違和感の原因。
消え入りそうな謝罪はこのことかと合点する。

「まだ痛い?」

悠仁は指の腹でわたしのこめかみをなぞりながら尋ねた。ぱっくりと裂けていた皮膚は家入先生の反転術式できれいに完治している。痛みはない。
沈んだ面持ちで覗き込んでくる悠仁に向かって、わたしは大丈夫だと笑ってみせた。

「全然。痛くないよ」
「そっか」
「大丈夫だから。気にしないで」
「……うん」

あやすように背中に腕を回した。悠仁がわたしに触れてくれたように優しく、厚みのある背中を撫でた。

「俺……またナオを傷つけそうで怖い。今日みたいに宿儺を制御できなくなったらって思うと」

悠仁がわたしの首筋に顔を埋める。弱い力で抱きしめられた。

「ごめん。たぶん、一緒にいないほうがいいんだと思う。俺の側にいたらいつまた傷つけるかわからないから」

悠仁の腕にしだいに力が込められていく。一緒にいないほうがいい。言葉とは裏腹に段々と窮屈になる腕の中でわたしが感じたのは、悠仁が好きだという感情だけだった。
高専関係者に宿儺の器と危険視され、けれどそれを過度に気にすることのない気さくな性格をしている悠仁の、鎧を纏った部分さえ。

「悠仁」
「駄目だな、俺ばっか怖いって言って、今日怖い目にあったのはナオのほうなのに」
「ゆーじってば」
「えっ……なに?」

暗い口調で語る悠仁の名を呼んだ。
悠仁の瞳がぱちりと瞬きする。懺悔の言葉が途切れ、視線がぶつかった。
わたしは悠仁の背中からゆっくりと手を離して見せた。どちらの手も当然ながら空っぽだ。

「わたしは今何も掴んでないんだけど」
「うん」
「わたし達、随分とギュウギュウにくっついてるね?」

どうしてかな、と質問してから、ちょっと意地が悪かったかなと反省した。
悠仁はしばし考えるそぶりをして、それから弾かれたように顔を赤くした。

「ごっ、ごめん! 俺、ナオのことめちゃくちゃ強くギュッてしてた……」

赤く染まったかと思えば青く血の気の失せる表情が忙しない。

「は、はずい……言ってることとやってることが矛盾してんじゃんね、俺」
「大丈夫だよ。痛くなかったから。何ならもっとギュウギュウにしてくれて構わん」
「……敵わねぇなぁ。じゃあ覚悟しててよ」
「え、ちょっ」



img 怪獣の腕の中/きのこ帝国
2019.8.4


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