伏黒が宿儺を取り込んだら的なif
(最初から最後まで伏黒を被った宿儺さんです)




「貴様、まだこの男に惚れておるのか」

高専の制服、見慣れた黒髪に細身の長身。姿かたちはいつもの伏黒だけれど、古くさい喋りと極悪そのものの表情はわたしの知っている伏黒ではなかった。

「……出たわね。両面宿儺」

正面から睨んだ。伏黒――の身体を乗っ取った両面宿儺は、まるで意にも介さずにたにたと嗤うだけだ。
伏黒の切れ長の目の下に新たな目が生まれる。刺青にしては趣味の悪い文様が浮かび上がった。

「いい表情だ。会うのは久しぶりだが、その殺意は忘れなかったぞ」
「こっちはあんたの顔なんてクソほど見たくなかったわよ。グダグダ言ってないで、伏黒を返せ」
「そういきり立つな。せっかくお前の前に現れてやったのに」

ゆっくりとした仕草で近づいてくる。本来慎重なたちである伏黒とはまったく違う歩き方だ。手負いのわたしが逃げられないのを承知で、わざと緩慢に距離を詰めてくるのが憎たらしい。

「……っ、それ以上近づかないで」
「そんな口を利ける立場か? 相坂ナオ。今なら俺はお前の願いを叶えてやれるというのに」
「はあ?」
「抱いてやるよ」

身を屈めた伏黒の声が、耳に注がれた。
鼓膜に触れた声音は、確かに、伏黒のものだった。
ぎゅう、と心臓が絞られた。仕方ないじゃないか、だって、宿儺になんと嗤われようが好きなのだ、伏黒のことが。伏黒は決してそんなことは言わない、でも、心地いい低音が、伏黒を形成する声が、確かに言葉を紡いだのだ。
紛い物の吐いた言葉だろうと、意味を持つには強烈すぎる、ことばを。

「……やめてっ!」

腕に収まろうとしていた距離を突き離した。わたしに胸を突き飛ばされても、宿儺は余裕を失わない。
それどころか表情に宿る揶揄は色濃くなるばかりだ。

「憐れな女よ。救いのない恋に溺れるなど」
「あんたに関係ないでしょう」
「関係あるさ。俺はこうして伏黒恵に受肉したのだから。共生せねば」

けひひ、と下卑た笑いを漏らした。
伏黒はもとから色白で、というか顔色はあまりいいほうではなくて、だからそういう所作をするとますます悪人じみて見える。
ちがう。今目の前にいるのは、伏黒の身体を乗っ取った宿儺だ。
あんなものに一瞬でもほだされた自分が嫌になった。本質を見失ったらだめだ。爪が食い込むほどに拳を握った。呪いを込めて言葉を吐く。

「伏黒を返せ」
「語彙が貧相だな。お前はそればかりだ……まあいい。仮にこの身体を捨てるとしよう。ならば俺は虎杖の身体に戻るだけだ」
「そんなことさせるワケないでしょ」
「お前が考えているほど事態は複雑ではない。なんなら伏黒恵は自ら、俺を虎杖から取り出したのだ。身代わりになるとな」
「だったらこの場であんたを祓えば、なんの問題もないわよね?」

――領域展開、

「……ッ!!」

途端に頭が割れるような頭痛に襲われ、術式が途切れた。立っていられないほどの衝撃に膝をつく。
痛みは頭部全体を苦しめる。脳が腫れ上がって頭蓋骨を圧迫しているみたいだ。歯を食いしばってやりすごそうとしても、絶え間のない激痛の前ではどうしようもなかった。
溢れ出た涙で視界が滲む。だけど、屈するわけにはいかない。その気持ちがだけがわたしを突き動かす。

「りょういき……っ、う、ぐ」
「無理はしなくてもいいぞ。お前の呪力などたかが知れてる。俺が領域展開すれば塵一つ残らぬ程度にな」

堪らず吐いた。胃液が口許を伝う。
涙で顔がぐちゃぐちゃになるのも構わず、宿儺を睨みあげた。
……同じ顔であるはずなのに。目も鼻も口も顔色も、姿かたちは同一であるはずなのに。
目の前にいる男がひどく憎い。ほんとうは好きだ。だから、大嫌い。

「おお。まだ立ち上がるか。ほら、頑張れ、頑張れ」

さも愉快だと言わんばかりに宿儺は手を叩いた。

「……呪術師の名にかけてお前を呪ってやる」
「そうか。それは冥利につきる。だが、お前にできるかな?」

ふっと空気が揺らいだ。
笑ったのだ。伏黒がたまに、冷静な仕草の中でたまに見せる、あのやわらかい笑みを浮かべて。
宿儺は他人の記憶まで覗けるのか。そう思うほどに、わたしの記憶の中の伏黒を完璧に象っている。

「あいしてるよ」


title 容赦ください
2019.6.6

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