企画小説
※原作で描かれていない嵐山家の描写があります。





 玄関を出て、歩いて一分も掛からない距離に嵐山家の住む一軒家がある。
 玄関まわりがいつも綺麗に掃除されているその家には、幼馴染である嵐山准が住んでいる。准と私が同じ歳で、おばあちゃん同士も同級生で仲が良かったことから私たちは昔からよく互いの家を行き来して遊んでいた。


 嵐山准という男の子を、戦隊ヒーローのレッドのようだと評する人がいた。
 三門市をネイバーから守るボーダーという組織の中でも、表に出て広報活動をすることが多いのもそうだが、彼の赤い隊服の色とその太陽を思わせる笑顔が多くの人の知るヒーロー像と重なるのだろう。いつかの会見で口にした自己犠牲的な発言からも、ヒーローになるべくして生まれた男の子のような印象を受けた人は多くいたようだった。
 広報活動中に子どもから声を掛けられれば、嵐山准は子どもに元気な笑顔を向けて手を挙げる。愛する弟妹がいる彼は、多くの人が心に持つ理想の兄を体現したようなふるまいで沢山のちびっこの心を鷲掴みにして離さない。甘いマスクは女性を魅了し、男性にも頼られ、構われ、尊敬される。どの年齢層を相手にしても、嵐山准という男の子は好かれるようだ。

 日々市民を守るために戦う姿を見て、広報活動をしている彼と言葉を交わせば、人は知らず知らずのうちに嵐山准という男の子に光を見て、それぞれが持つ理想のヒーロー像を重ねていた。
 優しくてかっこよくて、頭が良くて運動神経も良い。大好きな家族のためなら多分嵐山准という男の子はなんでも出来て、そのためにボーダーに入隊したことを三門に住む多くの人が知っている。
 准の優先順位ははっきりしていて、冗談でなく、大切なもののためなら自分の身すら差し出せるような人で。かっこつけている訳でもなく、迷いなくそれを口にすることが出来るのがすごくて、多分、多くの人が彼に光を見ていた。
 眩しすぎるその光がヒーローのようだと、多くの人が思っただろう。

 そんな眩しい太陽のような、戦隊ヒーローのレッドのような男の子が幼い頃から身近にいれば当然のように初恋は彼に捧げることになる。そして小さな頃の私は、その感情を隠そうとも思っていなかった。
 私が准が好きで好きで大好きだということは、私や准の家族だけでなく、恐ろしいことに多くのご近所さんにも知れ渡っていたのだったのだ。

「――名前ちゃん、最近准くんと一緒じゃないのね〜」
「大学が違うのでここずっと会ってないんですよ」
「ああ、そっか。名前ちゃんは三門大じゃないんだものね」

 電車を乗り継いだところにある大学からの帰り道、曲がり角を曲がったところで犬の散歩をしていたご近所さんと鉢合わせ、「お帰り〜」と声を掛けられた。寒いわねぇといってご近所さんは身体を縮こませるものの、挨拶のみで話を終わらせるつもりはないように柔らかい笑顔をこちらに向ける。

「名前ちゃんは寒くないの?」
「寒いですね」

 そう私が笑いながら言うと、ご近所さんは困ったような顔を作った。「風邪ひかないようにね」と言って。
 昨日はレポートを終わらせるために日付が変わるまでパソコンと睨めっこをしていたため、今朝は少し寝坊してしまった。一限に間に合う電車に乗るために急いで仕度をしたらマフラーを忘れてしまったので首元が少し心許ない。朝、慌てながらもタートルネックセーターを選んだ自分を褒めてあげたいと帰宅中に何度思っただろう。
 今日は講義がフルで入っていたため気温が低いこの時間に帰宅となってしまったが、明日は大学もバイトも休み。家に帰ったらゆっくり湯舟に浸かって癒されようと、実はちょっとお高めの入浴剤を駅ビルで買っていた。
 ご近所さんの気遣いにお礼の言葉を言えば「長話は名前ちゃんに悪いわね」と少し寂しそうに言われてしまい、咄嗟に首を振っていいえと答えてしまう。まあ、ご近所さんも寒そうなのでここから十分も話を続けることもないだろう。

 ご近所さんと話を続けていけば、准がいなくても当然のことのように准の話題が出る。
 昨日も、裏の家のおじいちゃんに似たようなことを言われたなと思いながら会話を続ければ、トイプードルが尻尾を一生懸命振ってじゃれてきた。ご近所さんのトイプードルは可愛らしい洋服を着ていて、遠くからでもわかるように首輪はカラフルに光っている。暗い夜道の中でカラフルに首元を光らせるトイプードルを見れば、少し面白くて可愛らしい。
 屈んで目線を合わせれば、トイプードルは嬉しそうに前足を膝に乗せてくる。茶色のくるくるした毛の感触を楽しみながらまだ小さなトイプードルを撫でれば、嬉しそうな表情をしているように見える。光る首輪が余計に陽気な雰囲気を醸し出していて、ご近所さんは「この子、女の子が好きでいつもこうなのよ」と少し恥ずかしそうな顔で笑った。

「それにしても、准くん、名前ちゃんに会えないのきっと寂しがってるわねぇ」

 ご近所さんのその言葉に、思わず「いやいや、そんなことないですよ」と笑う。
 ボーダーでも大学でも充実しているであろう幼馴染の顔を思い浮かべていると、ご近所さんは「あら、そんなことないわ」と、一言。冬の静かな住宅街に落ち着いた声が静かに響いた。

「きっと准くん、会いたがってるわ」

 顔を上げれば、ご近所さんは優しく笑っていた。
 昔と変わらない、近所の子どもの成長を見守るような表情で。


 少しずつ大人になっていくにつれ、世界というものがわかってくる。そうすると、自分が如何に平凡な人間であるかを知ることになる。
 いつの頃からか、准といると女の子の視線が気になるようになっていった。
 周りは私たちが幼馴染だと知っていたようだけれど、それでも距離が近すぎるのではないかと、中学に入ったばかりの頃に言われたのだ。

「――この子、嵐山くんのことが好きなの。だから、名字さんがいっつも一緒にいるの、不安になるんだって」

 五月の、中学に入って初めてのテストを目前に控えた放課後だった。
 その日は朝から雨が降っていて、冬服の厚い生地が重く感じるような、そんなじめじめとした嫌な日だった。
 帰りのホームルームも終わり、帰ろうとしたところで廊下で隣のクラスの女の子に声を掛けられた。話したことはなかったものの、彼女が運動部に所属しているということは知っていた。少し相談したいことがあると言われ、なんだろうと思いながらもついていけば、人通りの少ない校舎の端に身長差のある女の子が二人、私たちを待つようにして静かに立っていた。
 私を案内した女の子は、先に待っていた二人の隣に並んで私に向かって「ごめんね」と呟いた。何が「ごめん」なのかわからないまま、背の高い女の子が、背の低い女の子を守るように前に出てから先の言葉を私に投げかけた。顎を上げ、私を見下ろすように言うその子の眉は吊り上がっていて、なんだか怒っているようだった。

 目の前で怒っている背の高い女の子も、大人しそうな背の低い女の子のことも、私には覚えがなかった。
 上履きを見て同じ学年だとすぐわかったが、顔見知りが増えた隣のクラスの子でもないように思う。まだ入学して間もないのだから知らない同級生がいるのは当然だと思いながらも、彼女たちは私の名も、私が准と親しいこともよく知っているようだった。

「皆言ってるよ。名字さんにそのつもりはないんだろうけれど、って。けど、人によってはさ、見せつけられてるみたいで嫌な気持ちになるかもしれないって、思うんじゃないかな」

 言葉だけ文字にすれば、まるで自分は思っていないけれど、といった風なものだった。けれど、トゲトゲした言葉は彼女本人が心に思っている言葉にしか思えなかった。
 名も知らない女の子に言われた言葉には、正直驚いた。付き合ってもいない男女の距離ではないと言われたのだと理解して、なんでもないように話しかけることが出来て、話しかけられる関係に嫉妬されていたのだと知る。そして、彼女たちの視線が、私が准と釣り合わないと思っていることがありありと伝わってきた。

「……そ、そうなんだ……気を付けるね」
「……」
「……そ、相談って、そのことかな? 私、今日は早めに帰らなくちゃいけなくて、それで……それだけだったら、もう帰ろうかなって……」
「……名字さんってさ、嵐山くんのこと、好きなの?」

 小学校に入る前から、私は准に何度も好きだと伝えていた。
 准のイトコの桐絵ちゃんには呆れられるくらい大好きで大好きで仕方がなくて、全身からその気持ちが溢れ出ていたようだ。准は覚えていないだろうけれど「准のお嫁さんになりたい」と、そんなことを一度言ったこともある。忘れているのならば、そのままでいてくれた方が良い。そっちの方がきっと、良いはずだと思っていて。

 准のことが好きかどうかと問われれば、好きに決まっている。目の前の女の子たちよりもずっと前から准のことが好きなのだ。それでも准と自分が釣り合っていないことは少しずつ理解し始めていって、それはそんな頃合いでの出来事であった。
 准のことが好きだという気持ちは昔から変わらないものの、それを正直に彼女たちに伝えてもこの状態は良くならないだろうと理解しながら口を開く。

「幼馴染、だから……あんまりそういったこと考えたことなくて……友達として、好きだけど……」

 私の言葉に、背の高い子と低い子は安心したように顔を見合わせた。
 そっか、わかったと言ってその場を離れていく。
 けれどもただ一人、私をその場所まで案内した隣のクラスの女の子だけは暫く私をじっと見て、小さな声で「嘘つき」と言ったのだった。


 そんな「相談」を受けてから、学校では彼の名を口にせず、話すことは最低限にするようにした。
 一緒にいてからかわれるのが恥ずかしいから学校では少し距離を取りたいと准に言えば、彼は承知してくれた。彼は私を慮り、学校では距離を置いてくれるようになった。学校でどうしても声を掛ける必要がある時は周りの子と同じように私のことを上の名で「名字」と呼び、周りの子と同じ扱いをするようになった。
 暫くすると、女の子が私に向ける視線は変わった。准といても監視するような視線は向けられなくなったのだ。
 高校も同じ学校に通ったものの、私と准が学校で話すことはもうほとんどなかった。私たちが幼馴染だと知る人はぐっと減り、学生生活は平和になった。

   〇

 講義が二限始まりのため少し余裕がある朝、准の家の前を通る際に塀の奥で茶色い毛玉が動いているのを見つけた。あ、と思った時には既に自分の口角が上がっていて、ぐっと塀に近寄ると、どうやら向こうもこちらに気付いたようでモゾモゾと寄ってきた。

「コロ、元気だった?」

 嵐山家の愛犬の名を口にすれば、キューンという小さな鳴き声と共にチャッ、チャッと可愛らしい足音が。どうやら塀に前足を掛ける音のようだ。
 少しの間の後、塀の隙間から顔を出してくれたコロと顔を合わせて挨拶をすると、コロは笑うように口を開ける。

「最近一緒に散歩に行けてないから寂しかったよ〜」

 柴犬の血が入っているらしい嵐山家の愛犬であるコロの黒い瞳に見つめられれば、ついにやけてしまう。何年もの付き合いなので手を近付けても怒られることはなく、コロの顎を撫でればもっと撫でろというようにぐいぐい塀の隙間から顔を出してくる。
 既に朝の散歩は終わっているのだろう。冬の冷たい空気の中でも元気なコロの体は温かく、こちらをじっと見つめる瞳は朝から遊んでと言っているようだった。
 可愛い、本当に昔からずっと可愛い。そう思いながらコロから返事が返ってくる訳でもないのに話しかけていると、暫くしてガラガラと窓を引く音がして「名前?」と、よく知った声が降ってきた。

「あれ、准……おはよう」
「名前、おはよう。何してるんだ?」

 顔を上げると、准が二階の窓から驚いたような顔を出していた。
 私がコロに話しかける声に気付いたのだろう。大学に行く前にコロから元気を貰っていたと言えば、准は「なんだそれ」と言ってくしゃりと笑う。
 聞けば、准は大学もボーダーも今日は休みでレポートを片付けてしまうらしい。お互い頑張ろうと言って、そろそろ行こうかなとコロから手を離したところで突然、彼は「名前、今日の夜、うちに来られないか?」と尋ねてきた。

「あれ、なんかあったっけ?」
「今日、流星群が見られるらしいんだ。双子座流星群!!」

 ついさっき、ニュースでやっていたというそれを見ようと准はいつもの爽やかな笑顔で言う。小学生の頃、宿題を終わらせたら遊ぼうとよく約束したことを思い出した。来年は二十歳になる幼馴染の誘い方が、小学生の時と変わらないので思わず笑ってしまう。
 長子でしっかり者の彼が、他の友人たちにはこんな誘い方をしていないことはわかっている。私だからだろうと思うと、嬉しいような、けれども少し切ないような気もした。

「いいけど、何時に来ればいいの?」
「……じゃあ、二十一時頃はどうだ?」

 承諾すれば、准は嬉しそうに笑う。あったかくして来てくれと手を振られ、「講義頑張れ」と見送る准の姿を彼のファンが見たらどう思うだろうと、ふと思った。
 中学でのあの呼び出しがあって以降、私たちは距離を置くようにした。けれどもそれは学校でのことだけで、町内での私たちの距離はそれ以降もずっと変わらない。

 その理由はいくつかあって、まず呼び名一つ変わっただけで周りの大人たちの反応が大げさだったのだ。私が准を好きなことを知っているご近所さんたちは、私たちが距離を取ったとわかればすぐに「准くんと喧嘩したの?」だとか「何があったの?」と心配してきたのだ。それは全て純粋な心配からくるものだったが、噂を聞いた大人たちに毎日のように声を掛けられれば嫌になるに決まっている。准に相談すれば彼も同じ状態だったらしく、そして「名前が嫌でなければ学校以外では今まで通り過ごそう」ということになったのだった。
 他にも、准を「嵐山くん」と呼ぶと嵐山家の面々が悲しそうな顔をするので胸が痛くなり、家族からも不審に思われた。同級生に呼び出しを受けて、准との距離がおかしいと言われたとは家族に言うことが出来なかった。

 そういったこともあり、学校外であれば私も准も昔と変わらず下の名で呼び合っていた。週に一度は二人でポチの散歩をして、毎年互いの誕生日にプレゼントを交換した。
 それでも流石に思春期となると互いの家に遊びに行く頻度は減り、高校生になってからは一度も互いの部屋には入らなかった。
 だから、准の誘いには少し驚いたのだけれど、彼のことだから本当に純粋に流星群が見たかったのだろう。

 そう、朝までは思っていたのだけれど。



 夜、久しぶりに嵐山家を訪ねて准の部屋にお邪魔すると、昔と家具の配置が換わって部屋が大人っぽくなっていた。なんか知らない人の部屋みたいだと言えば准は変な顔をして「俺の部屋だよ」と一言。差し出された彼の半纏を着て、二人して窓から顔を出すも星空は見えるものの、流れ星は一つも流れていない。

「名前、寒くないか?」
「うん。半纏あったかい。ありがとう」

 部屋に暖房はついているものの、窓は開けっぱなしのため冷たい空気が頬を撫でる。星が見やすいように照明を点けていない部屋は当たり前だが暗く、横を見れば准の顔があって、目が合うと彼はにこりと笑った。
 椅子を用意してもらったものの暫くは立って空を見ることにした。准は好きにしていいと言って楽しそうに目を細め、飲み物でも持ってくると一度部屋を出た。

 准の部屋に入った時、実は緊張をしていた。
 玄関を入ってすぐは昔からよく知る嵐山家の匂いがしたのに、准の部屋はそうじゃなかったからだ。嫌な匂いがした訳ではないし、全く知らない匂いでもなかった。懐かしいような、けれどもドキドキするような、昔の准とは違う今の准の匂いなんじゃないかと思ったら緊張してしまった。
 足音が近付いてきて振り返れば、部屋を見渡す形になる。ノートパソコンが置かれた机と本棚があって、床の上には普段使っているのだろう黒いリュックが置かれている。ベッドの乱れもなくて、一瞬ベッドの下に視線を動かしたところで准が戻ってきた。

「ココアでも良かったか?」

 マグカップを受け取ってお礼を言えば、准はまた楽しそうに笑う。
 温かいマグカップには見覚えがあり、昔もよくそれで冬にココアを飲んだことを思い出した。

「懐かしい」
「ああ、そうだろう?」

 覚えててくれて嬉しいというように准は笑う。目を細めてこっちを見る准の瞳が、薄暗い部屋の中でも輝いて見える。
 少し照れくさく思いながら飲む久しぶりのココアは、なんだか懐かしくて昔よりもずっと甘く感じた。

「流れ星は見えたか?」
「……まだ」

 嘘ではないが、素直に答えることは出来なかった。
 途中から准の部屋を見ていたせいで、星空を見ていなかったからだ。もしかしたら本当は、星が流れていたかもしれない。
 私の返答に准は小さく笑う。私のぎこちない言葉の意味に気付いたのかはわからないけれど、准は追及するでもなく「そうか」と呟いた。

「どうして俺が流星群を見ようなんて誘ったか、名前は気付いていたか?」
「たまたま会えたからじゃないの? 朝、私がコロと遊んでて、それに気付いて……」
「実は、元々連絡を取ろうと思ってたんだ。朝、話せたから連絡を入れる必要がなくなっただけで」
「そうだったの?」
「ああ」

 びっくりした、と言えば准はまた笑う。連絡しようとしたら名前の声が聞こえたから、と付け加えて。そして、彼は私に「どうして」と聞いてほしそうな目をこちらに向ていた。

「……どうして?」
「名前と話したかったんだ」

 少しだけ、准との距離が縮まる。嬉しそうな瞳に熱が帯びているようで、少しだけ心臓の鼓動が速まっていく。

「大学に入ってから、名前と滅多に会えなくなったから」
「准は大学もボーダーも忙しいもんね」
「俺だけじゃなくて、名前も忙しいだろう? けど、副と佐補から名前の話を聞いたり、迅に名前と会ったって話を何度も聞いたぞ。俺だけ名前に会えてないから、会えてよかった」
「私はあんまり長く会ってないって感じはなかったかも。佐補ちゃんと副くんに会ったら准の話をするし……迅くんから夏に天体観測した話とか秋に京都行った話を聞いたからだろうけれど」

 そうなのか、と准は驚いた。

「皆、会えば准の話をするよ。だって――」

 思わず口にしそうになった言葉に慌てる。これ以上は言ってはいけないと視線を外せば、准は少しの間の後に「だって?」と、続きを求める声を出した。頬に熱が集まるのを感じながら「言わない」と言えば、准は甘い声で私の名を囁く。
 恥ずかしさを隠すようにマグカップに口をつけて甘いココアを飲めば、くくっと小さな笑い声。顔を上げれば、准が嬉しそうな顔をしていた。その顔は、まるで私の心は何でもお見通しだというようで。言われなくてもわかっているのに、彼は言わせたいようだ。

「……だって、みんな、私が准のこと好きって……知ってるから」
「じゃあ、みんなが俺に名前の話をするのは俺が名前のこと好きだって知っているからだな」

 返ってくる言葉が何かなんとなくわかっていても、心臓は爆発するようにうるさくなる。全身に熱が回って、暴れて准を困らせたくなる。けれども十九歳になってそんなことをしてはいられなくて、威嚇にもならないことは承知の上で准を睨めば、彼は笑いながらも眉を下げてすまんと謝った。

「ヒーローのくせにやり口がひどい!!」
「好きな子に、好きって言われたいだけなんだが……」
「だから、そういうことをポンポン言わないでよぉ」
「好きな子に、好きって言いたいだけなんだ……」

 未だに私に准の話をしてくる人たちは、私が今でも准のことが好きだと知っている。
 中学高校と、親しくない人には准への好意がバレないよう努力してきたが、親しい人には隠し通すことは出来なかった。どうやら、准が視界に入ると無意識に目で追ってしまうらしい。顔を合わせて話せば明らかに好意がバレる顔をしているらしく、だからこそ、「相談」を受けてからは学校で極力会わないようにしていたのだ。

 昔から、悩みが出来ると准に相談することが多かった。彼は聞き上手で、真剣に私のことを考えてくれたからだ。宿題でわからないところがあれば教えてくれたし、いつも優しくしてくれた。学校で極力話しかけないでいてくれたのも、私のワガママを聞いてくれたからで。
 准はずっと優しい。だからずっと、他の人のことを好きにならずに彼だけが好きだった。例え学校で話す機会が極端に減っても、私たちはずっと仲良くいられた。そして、私の好意はずっと准に筒抜けだった。

 准はずっと私が准のことが好きだと知っていて、そして准も私を好きだと言う。好きと言われれば単純なので私はもっと好きになっていく。
 釣り合っていないとわかっていながら、他に多くの人たちが准のことを好きだと知っていながら、そして学校では准を避けていながらも私は准から「好き」という言葉を貰っていた。私は自分がずるい人間だと思っている。「ヒーロー」と結ばれる相手には相応しくなくて、彼から「好き」と言われないようにしようと思いながらも、最後にはやっぱりその言葉を望むようなことを言ってしまう。

 准はきっと、優しいから私のことが好きなのだと思う。
 おばあちゃん同士が仲良かったから、近所だったから、私と准が同じ歳だったから……そういったいくつもの偶然があったから仲良くなれた。
 私が昔から准を好きで、それを伝えていたから、准は私を好きになった。その「好き」はきっと親愛からくるもので、家族愛に近い。准は優しいから、私が一番最初に伝えた「好き」に応えようとし続けているに決まっている。

「流れ星が見られたら、俺の気持ちが名前と同じだと信じてくれますようにって、そう願った方がいいか?」
「……本気で言ってる?」
「いや、冗談だ。名前には俺の言葉でちゃんと納得してもらいたいからな」

 視界の端で、きらりと星が流れた。
 准の手が、そっと優しく私の頬に触れる。指先が優しく頬を撫でて、心の奥がきゅーっと締め付けられた。

「高校の時みたいに宿題について聞かれることはなくなってしまったから、どうやって名前と話すきっかけを作ろうって、ずっと考えてた」
「まるでいつも宿題に悩んでたみたいに言わないでよ」
「確かに、それは誤りだったな。すまん」

 一緒に勉強するのが楽しかったと、懐かしむように准は笑う。

「ただ、どれだけ俺が名前のことが好きかを聞いてほしいんだ。名前は、このことだけは俺の言葉を信じてくれないが……俺はずっと、女の子として、名前が好きだよ」

 太陽みたいな男の子が、私の名を優しく囁く。それはもう、愛おしそうに。
 ずっと昔から、准は私のことを好きだと言ってくれた。それでも互いに彼氏彼女になろうという話にならないのは、大人に近付くにつれ、私が自分に自信を持てなくなっていったからだ。准の隣にいたいのに、准の隣にいる自信が持てなかった。准は私のその気持ちに気付いている。

「名前、大好きだよ」

 優しい声が部屋に響いて、心臓が激しく音を立てる。心臓が口から出そうだと思いながらもゆっくりと頷けば、准は優しく目を細めた。
 下の階から楽しそうに談笑する声が聞こえて、准は一瞬ドアの方へ視線を動かしてから楽しそうに笑った。それはもう、嬉しそうに。

「……ああ、俺たち、全然空なんて見てないな」

Thank you very much!(10周年&30万打企画)
20221019
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