企画小説
 十歳にもならなかった頃の話をする。
 当時の私は今よりもずっと女の子っぽくてキラキラしたものが好きだった。動き回る予定がなければ基本的にスカートを履いて、休日はワンピースを着て長い髪も可愛くアレンジしてもらうのがお決まりで。誕生日のプレゼントには子ども用のメイクセットをおねだりして、とにもかくにもお洒落をするのが好きだった。
 近所のスーパーに行った時は、お菓子売り場に売られているお菓子がおまけで付いているペンダントネックレスのおもちゃを買ってもらった。宝箱にしていたピンク色のアクリルケースに大切にしまって、休日に出掛ける前には服に合ったものを着けることを楽しみにしていた。

 十歳になる前の私は、そんなことをするのが大好きだった。キラキラしたもの、パステルカラーの洋服に、フリフリの髪留め。そういうのを見ているだけでも幸せだった。
 近所に住むおばちゃんに「名前ちゃんは今日も可愛いねぇ」とよく褒められていたことを思い出す。

「……」

 鏡の前に立つも、今の私にその時の面影はない。
 髪は定期的に短く切っており、可愛くアレンジすることはもう何年もなかった。制服以外でスカートは持っておらず、基本的にシンプルな恰好を好んでいる。昔の私が見たら、きっと彼女は未来の私を見て絶望するだろう。
 キラキラしたネックレスも、爪を彩るマニキュアも、可愛らしいスカートも、ワンピースも、当時同じクラスだった男の子に「ブスのくせに、かわい子ぶんなよ」という言葉を投げかけられてから、身に着けることが出来なくなってしまったのだ。

   〇

 雄英のサポート科に入学して半年があっという間に経ち、クリスマスとなった。
 高校生という遊びたい盛りではあるものの、寮生活で外出もままならず、今日は寮でクリスマス会をすることになっている。寮の共同スペースには二週間程前からツリーが置かれていたが、数日前からオーナメントが一気に増え、徐々に豪華になっていった。何故か、七夕のように「彼女が出来ますように」と書かれた短冊が何枚かオーナメントに混じっているのだけれど、これは今夜もこのままなのだろうか。
 夜にはプレゼント交換会をすることになっていて、ツリーの周りには続々とプレゼントが運ばれてプレゼントの山が大きくなっていっている。
 クラスメイトと楽しみだね、なんて言いながらその準備をしている途中、ポケットに入れていたスマホが震えた。もしかして家族からだろうかと取り出して確認すれば、予想外の人物からのメッセージが届いていた。

「……えっ?」


 十二月も終わりに近いクリスマスの日が暖かいなんてことはなく、今日も今日とて外へ出れば普通に寒かった。太陽はまだ沈んでいないものの、外に出れば風が髪を乱し、耳が痛くなりそうだ。
 急いでマフラーを巻き、なるべく風が当たらない場所で待っていれば「名字、突然悪かった」と、つい先ほどメッセージを送ってきた轟くんが駆けてきた。

「ううん、平気。それにしても轟くん、今日はどうしたの?」

 見ている景色は夏と同じはずなのに、冬の日は太陽の光のせいか世界の色が少し薄いように感じることがあった。けれども彼だけは、不思議といつ見ても輝いてみえるような気がする。どうしてだろう。やはり日々努力している人は自然とオーラ的なものが発せられるのだろうか。
 そんなおかしなことを思いながら、クリスマスの日に「この後会えるか」なんて突然連絡してきた轟くんを見上げる。今日という特別な日に会うような間柄では決してなく、そしてそんな好意を向けられたことも今までになかったため、夏頃から相談を受けていたサポートアイテムについて聞きたいことでもあったのだろうかと、予想をつけてみる。
 急ぐように駆けてきた彼ではあるが、日々の鍛錬のおかげか息が切れている様子はない。私服にコートを着た轟くんを見るのは初めてで、ちょっとだけ心臓が跳ねた。

「今年はいろいろと世話になっただろ。年末はもう会わねぇだろうし、今日逃したら挨拶出来ねぇ」
「そ、そっか、律儀だね……」

 まさか年末の挨拶だとは思ってもいなかった私の言葉を聞いて、名字は何を言ってんだ? という顔で轟くんは首を傾げる。

「コスチュームやサポートアイテムについては本職に聞いた方がいいからな。いつも相談に乗ってもらえて助かってんだ。これからも宜しく頼む」

 小さく頭を下げた轟くんに、いやいやと首を振る。相反する個性を持つ彼からいろんな話を聞けることなんて滅多になく、むしろこちらの方が有り難いくらいなのだ。こちらこそ来年もお願いしますと頭を下げれば、轟くんは小さく満足そうに頷いた。

「それで、これ、クリスマスプレゼント」

 ごそごそと、コートのポケットから何かを取り出したと思ったら轟くんは小さな袋を私に差し出した。
 それは、クラフト紙の袋をワインレッドの紐でラッピングしたものだった。コートのポケットに入れられていたせいか端が少し折れていて、気付いたらしい轟くんは小さな声で「おっ」と呟いてから折れ目を直した。

「名字に礼をするなら何が良いのか迷って、けど、これはきっと合うと思ったんだ」

 轟くんの手の平にちょこんと可愛らしく乗ったそれを、じっと見る。丁寧にラッピングがされたそれを、轟くんは私にくれると、間違いでないのならそう言ったはずで。
 予想外の出来事に驚いて声も出せないまま顔を上げると、轟くんは首を傾げて「受け取れねぇか?」と眉を下げる。そうじゃなくて、と漸く口にした言葉は弱々しく、思わず彼から視線を外してしまった。いけない、彼が悪い訳ではないと伝えなければと「わ、私、轟くんに用意してなかった、から」と言えば、「そんなすげぇもんじゃねぇ、何か欲しくてやる訳じゃないしな」と彼は言った。
 どくんどくんと心臓が鳴る。どうしようと思いながら、けれども断ることなんて出来るはずもなく、私は小さく息を吐いてから意を決して轟くんからプレゼントを受け取った。

「名字、昔はよく着けてんの見たから――」

   〇

 鏡には、自信のない顔をした高校生の私が写っている。
 轟くんと年末の挨拶を交わして寮に戻り、クリスマス会まであと三十分という時に静かに部屋に戻ろうとした私に、クラスメイトは誰一人変な顔をしなかった。まだ完全に仕度も整っていないはずなのに、皆「時間になったら来てね」と、優しい顔でそう言ってくれたのだ。
 部屋に戻って暫く経ったものの、轟くんから受け取ったプレゼントを私は未だ開けることが出来ずにいる。その理由は、プレゼントのラッピングに覚えがあるからだ。クラフト紙にはお店の名前が印字されており、そのブランドは私が少し前に友達の誕生日プレゼントにと買ったアクセサリー屋のものでもあった。

 これを開けたら、何かしらのアクセサリーが入っている。それを考えると胸の辺りがきゅうと締め付けられた。
 そのアクセサリー屋さんは、私が友達の誕生日プレゼントに使ったように、学生でも使いやすく、購入しやすい値段のアクセサリーを売っているお店である。流行アイテムは勿論のこと、定番の商品も多く取り揃えられおり、買って間違いのないお店として評判である。
 だから、このラッピングを解けば間違いなく可愛らしいアクセサリーが入っていると自信を持って言える。それなのに、いやだからこそ、開けるのが怖かった。

 昔、ブスのくせにと男の子から言われた言葉を思い出してしまう。
 沢山集めたネックレスが入った宝箱を、もういらないと親に捨ててもらった日のことを思い出す。スカートを履くのを止め、髪を切り、女の子らしい恰好を止めた私を見て、近所のおばちゃんがどうしたのと慰めるように頭を撫でた日のことを思い出す。短い髪になった私を見ても「可愛い」と褒めてくれた家族に、私は首を振って可愛くないよと、そう言ったあの日を――

「名字、昔はよく着けてんの見たから、似合うと思う。いつも可愛くしてたよな」

 先ほど轟くんが言った言葉を、男の子から言われた言葉を上書きするように繰り返し思い返す。あの時の、轟くんの優しい声を。
 その言葉を聞いて、知っていたのかと正直驚いたものだ。

 実は、轟くんと私は家が近所だったため小中と同じ学校に在籍していた。同じクラスになったことはないが、彼は昔から目立っていたのでよく噂は耳にしていた。中学での彼は完全に人を寄せ付けることがなかったため話すこともなかったが、小学校の時は何度か、同じ委員会に入った年もあったので言葉を交わしたことがある。けど、その程度だ。覚えられているなんて思ってもいなかった。
 雄英での日々が彼を成長させたようで、夏頃になればキツイ目をして歩く轟くんの姿は全く見なくなった。サポート科の私に助言を求めに声を掛けてきた時は驚いたのと同時に、柔らかい表情をした轟くんを見て喜び、安心したものだ。そうであるとともに、私たちが小学校からずっと一緒だったことなんて気付いていないんだろうなと思ったりもした。
 だから、昔の私を知っていたことに驚いた。そして、その上で世話になったからとアクセサリーを選んでくれるなんて、考えもしなかった。

「……」

 昔の、キラキラした私は鏡の前にはいない。けれども。
 ずっと、本当は。

 ゆっくりと、慎重にラッピングを解いていく。中身を壊さないように、ラッピングされた袋すら無駄に切れないように。
 そうして中身を確認すれば、透明な袋に入ったヘアピンのセットが現れた。

 シンプルなゴールドのもの、パールが付いたもの、そして、私が昔よく付けていたネックレスにあったような綺麗な石がついたもの。
 それらがセットになったものを、轟くんが私にと選んでくれたのだと思うと自然と視界が滲んでいった。

 シンプルな家具ばかりで女の子っぽいものがなく、アクセサリーが一つもなかったこの部屋で寝起きをしていた私には勿体無い素敵なものを貰ってしまった。それにこれは、初めて男の子から貰ったクリスマスプレゼントである。あの時の、キラキラしていた私は、こんな私を想像出来ただろうか。

 一つ、綺麗な石がついたヘアピンを取る。
 前髪をピンで留めると、昔していたように鏡の前で自然と口角が上がったように思えたけど、視界が滲んで自分がどんな顔をしているのかちっともわからなかった。

Thank you very much!(10周年&30万打企画)
20220411
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