企画小説
※女主





 ヒーローが身近な存在となったこの世の中で、ヒーローに憧れる理由なんて正直重要じゃなかった。
 かっこいいから。
 助けてもらったから。
 そんな一言で十分なくらい、世の中の人々にとってヒーローという存在は身近で当たり前なものになっていた。アンチヒーローの存在は知られているはずなのに、皆好きで当然だと思っている人や、子どもならヒーローを夢見て当然と思っている人だっている。
 そんな私はというと、ヒーローの道を選ぶことはなかったものの、もうずっと大好きなヒーローがいる。この間のヒーロービルボードチャートJPでNo.5となったヒーローミルコ。かっこよくて強くて綺麗で可愛いヒーローで、なんと彼女は幼い頃からの友人でもあった。

 まっすぐ伸びた白い耳と褐色の肌、赤い瞳に白い髪、筋肉質な体は健康的。かっこよくて、でも可愛いところもある彼女の大好きなところを挙げればまだまだ足りない。ヒーローとしても、友人としても私には勿体無いくらい素敵な女性だ。
 幼稚園の頃からの知り合いで、彼女は私を「幼馴染み」だと言ってくれる。昔から足が遅かった私と、学校で一番の足の速さを持っていた彼女が一緒にいると「ウサギとカメだ」とからかわれたこともあった。似ているところを探す方が難しくて、特技はもちろん趣味も違う。けど、どうしてか私たちはずっと仲が良くて、喧嘩らしい喧嘩をしたことがなかった。

 小さい時からずっと彼女は私と仲良くしてくれて、気にかけてくれた。就職のために家を出て一人暮らしをすると言えば引っ越しの手伝いをすると申し出てくれたし、忙しいだろうに今でも毎年誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントを贈ってくれる。とても嬉しくて、でも忙しいのを知っているから申し訳なくもなってくる。

 学校中の人気者で誰もが惹かれる素敵な女の子。そんな子が気にかけてくれるのが不思議で疑問を持ったことがある。中学生の時、男の先輩から「彼女が君のことばかり話すのが、気にかけるのが、不思議なんだ」と言われたことがきっかけだった気がする。「兎山さんは僕にないものを持っている」なんて、自分に酔った風に言うものだから呆れつつ、心のどこかで「確かに」と思ってしまったのだ。
 けど、それを話したら彼女はすごく悲しそうな顔して「名前が友達だからに決まってんだろ」とすごく小さな声で言った。
 今までにない彼女の言動に驚いて、困って、謝った。後にも先にも、あんな彼女を見たのはあの時限りだった。

   〇

『名前、明日の夜、暇か?』
「明日? うん。大丈夫」
『じゃあ、飯食いに行きたい』

 驚きつつも了承して通話が終わったらすぐに冷蔵庫へ。ヒーローミルコこと、ルミちゃんが一番好きな人参ジュースがあることを確認して明日の夕食のことを考える。仕事が終わったらスーパーに寄って、なるべく早く帰ってご飯を作って……
 久しぶりに会える嬉しさは勿論だけれど、すぐに不安な気持ちが胸を襲う。忙しいはずの彼女から連絡がきて、私の家で夕食を共にしたいと言う時は大抵大きな事件が絡んでいるからだ。家にやってきてのんびりご飯を食べて、話して、またねと玄関で送り出して数日後、ニュースで怪我をしたヒーローミルコの姿を見るのをこれから何度繰り返せばいいのだろう。


 家にやってくるルミちゃんは、未来のことなんて素知らぬふりをするように学生の時と変わらない元気な様子で家に上がってくる。

「名前、これ前に名前が美味いって言ってたやつ」
「わ、ありがとう!!」

 ルミちゃんからお土産を受け取って、私も何も知らないような顔をして迎え入れる。
 部屋の真ん中に置いてある小さな机の上に人参ジュースとサラダを出して、ルミちゃんに「座って待っててね」と言えば、ルミちゃんはにやりと楽しそうに笑った。

 先日、偶然入ったお店で見つけたものを手に炊飯器を開ける。
 ピンク色のプラスチックの型にご飯を詰め、慎重にお皿に乗せてゆっくり型を取れば、お皿の上には白いウサギが一匹現れた。型が小さいためその隣にもう一匹ウサギを作り、白米の周りにカレーを掛ける。海苔で目や口を作るのも考えたけれど、可愛らしすぎるような気がして止めた。ルミちゃんはなんだって笑って喜んでくれるだろうけれど、私たちはもう随分といい大人だったことを思い出した。

「お待たせしました〜」
「待ってねェよ」

 そう楽しそうに笑って、キラキラした瞳でお皿の上を確認するルミちゃんはいつもと同じようにはしゃいで「おっ、ウサギのカレー!!」と白い歯を見せた。

「おかわりもあるから、どうぞ召し上がれ」
「いただきます」

 手を合わせ、語尾が跳ねるような具合で言うルミちゃんに倣って私も手を合わせて「いただきます」と言えば、向かい合ったルミちゃんはニカと笑う。
 仕事があるからお酒を飲まないルミちゃんとは反対に、私はいつものようにルミちゃんから貰ったお土産のお酒を飲みながら食事を取る。
 私が少しだけ気分が良くなってきたところで、ルミちゃんはいつもと違う顔で「なぁ名前」と私の名を呼んだ。

「なに?」
「カレー、美味かったよ」
「良かった。カレーなんて小学生でも作れるけど、あのウサキの型見つけたから、絶対今回はカレーにしよって思ったんだ」
「ああ、可愛かった。名前はさ、いい母ちゃんになると思うよ」
「えっ?」

 くすぐったそうに笑ったルミちゃんは楽しそうで、お酒なんて飲んでいないはずなのにちょっと酔っ払ったみたいな雰囲気だった。

「ずっと思ってたよ。……優しくて名前のこと大好きな男と結婚して、可愛い子どもを産んで、幸せに暮らしてほしいなって」
「相手がいないんですが……」
「ほんと、意味わからねェよな。名前みたいな子をほっとく男の気が知れねェよ」

 口を尖らせて、でも楽しそうにルミちゃんは言う。

「でも、相手にヒーローは止めとけよ。名前のヒーローは私で十分だろ?」
「うん。それに、ミルコの心配で、私は手一杯だよ」

 そう言えば、ちょっと驚いた顔をして、ルミちゃんは困ったように笑った。まいったな、といった風だ。
 事実、私はルミちゃん以上にかっこよくて頼りになる人に出会えていない。
 優しくてかっこよくて、頼れる人がいたら。そんなことを思わなくはないけど、なかなか現実は難しかった。いい感じの雰囲気になってその人と付き合っても、いつだって長続きはしなかった。小さい頃から素敵なヒーローが近くにいたから、どんどん理想が高くなっていったのかもしれない。

 良い人を見つけたかったらもっとがむしゃらに探したっていいのはずで、そうしないということは私自身まだちょっとこのままでもいいと無意識に考えているからか。大好きなヒーローミルコを応援して、友人のルミちゃんとお喋りをして時々愚痴を聞いてもらって、明日への活力にする。今はそういう生活が私の最上なんだろう。

   〇

 いつまでも、永遠に。そんなものがこの世にないことはよく知っている。ヴィランがいなくなるその日まで、永遠にナンバーワンだと信じて疑わなかったオールマイトの引退後、特にそんなことを思うようになった。
 いつまでも、永遠に。私たちが向かい合ってお喋りをして、食事を取るそんな未来があるだろうか。ヒーローとしてヴィランと戦う彼女と。
 だけど、だからこそ、私はヒーローミルコのことを思う。出来るだけ怪我をしないで、元気でまた会いにきてくれますように、と。

20(二十万打企画)
20200711
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