企画小説
「へえ、中こうなってんだ」
「……私もここまで入るの初めてかも」

 街の一角を再現した雄英の演習場はリアルを追求した結果、内部も本物に近く作られている。これは、屋内外問わずリアルな戦闘訓練が行えるようにとのことらしいが、それにしても規模がすごいと毎度のことながら思ってしまう。
 演習場の一つには市街地を模したものがあり、私と一年生の上鳴くんはその中にある映画館に足を踏み入れたところである。プロになった際に初対面のプロヒーローと共闘する可能性は高いからと、今日は学年を越えた合同訓練を行うことになっていた。

 授業の冒頭で一年と二年がペアを組めるよう作られたくじを引いて、私は上鳴くんとペア組むことになった。
 内容としては、二組のペアがヒーロー役とヴィラン役を演じ訓練をする間、他の組が一般人役をこなすことになっている。一般人の視点に立ってヒーローとヴィランを見ることも重要だということらしく、私と上鳴くんは今一般人役として映画館のお客さんになっていた。

「先生に頼んだら休みの日に映画とか見してくれねーのかなぁ」
「さすがに映画を見るための機械までは用意してないんじゃないかな。スクリーンはあるからプロジェクターとか持ち込めば見れるかもしれないけれど……」
「まあ、そっスよねぇ」

 少し古いタイプの映画館らしくシートはフカフカとは言い難い。しかし、寮生活になって以降まともに外出していない身としては本物の映画館ではないにしても来た気分を味わえるだけで心が躍る。上鳴くんが少しはしゃいでいるのも納得だ。まあ、授業中なんだけれども。

「映画館久しぶりだなぁ」
「前は何見たんスか?」
「えーっと、なんだったかなぁ」

 一般人役になった際、ペアは必ずしも一緒にいる必要はないと言われている。が、上鳴くんはちゃっかり私の隣のシートに座った。
 ヒーロー役でもヴィラン役でもなく、まずは一般人役になったと決まった時に「えっ、じゃあ名字先輩、カップル設定でいきません?」と言っただけある。すごい。チャラさしかない。

「あー、そうだ。去年のお正月に友達と見に行って以来だ。その子が好きな俳優さんが出るからって、ラブコメ映画を見たの」

 映画館に何を見に行ったんだっけ、なんて考えてようやく出た答えに上鳴くんは一瞬驚いた顔をしながらも「面白かったっスか?」と歯を見せて笑った。
 面白かったよ、こんな恋がしたいなーって柄にもなく思っちゃうくらい。
 照れくさくなりながらもそんなことを言えば、上鳴くんは目を細める。からかったりしないんだな、なんて思っていると、突然『あー、聞こえてるか』と相澤先生の声が響く。

『――機械トラブルが起きたから開始時間を遅らせる。全員もう少し待ってろ』

 劇場のスピーカーから聞こえた声に私は思わず上鳴くんと顔を見合わせた。薄暗い中、上鳴くんは「そういえば授業中でしたね」と笑う。
 授業時間を考えたら開始時間がそこまで遅れるとは考えにくいが、先生の言葉に少し気が抜けてしまった。今がヒーローやヴィラン役でなく、一般人役で良かった。先生に見られていたら授業中だぞと注意されていたに違いない。一年生の前で注意とか恥ずかしいにも程がある。

「名字先輩、先輩は付き合ってる人とかいるんですか?」

 今にもスクリーンに予告が流れ始めそうな雰囲気の中で訓練開始の合図を待っていたら、上鳴くんからそんな質問をされた。
 何言ってんだと横を向けば、思っていた以上に上鳴くんの顔が近くにあって驚く。彼も一応、少し離れたところに座っている一般人役の生徒のことを考えた上で内緒話をするような距離で質問をしてきたみたいだが、私が彼の方へ顔を向けたために互いの顔が接近してしまったようだ。
 上鳴くんは目を見開いて「すみません」と姿勢を戻す。

「俺、映画館デートしたことないんスよ〜」
「……はあ」

 誤魔化すように、こちらを見ずにおどけるような声で上鳴くんは「こんな感じなんスかね」と笑った。

「こんな感じではないんじゃないかな。今は授業中だし、デートならもっといい感じな雰囲気になるんじゃないの?」
「えっ、先輩と俺、めっちゃいい感じじゃないっスか!?」
「えっ、どこが?」

 お互いに衝撃を受けたような顔をしているのを誰かが見たら間抜けだと思われるに決まっているけれど、真面目に私たちは驚いていた。漫画だったら雷に打たれたような背景を背負っているに違いない。

「俺たち、いいコイビトになれる気がするんですケド」
「……上鳴くんって、女の子なら誰にでもそういうこと言いそうな雰囲気あるよ」
「えっ、そういうの出ちゃってます?」
「うん。出てる出てる。すごいよ」

 ウェイと呟きながら困った顔をする上鳴くんの表情に少し笑ってしまう。一個年が違うだけなのになんか若いなぁなんて思ってしまった。
 でも、と真面目な顔をした上鳴くんの瞳がきらりと光った時、ボンとどこかで爆発音がした。大きさからいって、そこまで遠くない。あっ、もしかして……と思っていると再び爆発音が響いた。今度はさっきよりも近い。

「はっ!? なになに、ナニゴト!?」
「多分、訓練が始まったってことじゃないかなぁ。突然始まったことで一般人役はリアルな驚きを味わえるから……」

 それアリっすか、と慌てる上鳴くんの手を取って「平気だよ、私が守ってあげるから」と言えば、彼は顔を真っ赤にした。

「名字先輩、今俺たち一般人役だから!! そんなかっこいいこと言わないで!!」
「えっ、ああ、ごめん」

   〇

 名字名前という女の先輩を、俺は入学前から知っていた。
 中学三年の時、雄英体育祭の中継を見ていた時に先輩が他の出場者を助けている姿が放送されたからだ。
 名字先輩の個性は『王子様』っていう、少女漫画のヒーローみたいな言動を取れば取るほど身体能力が上がるとんでもねーやつ。
 跪いて手の甲にキスをすれば暫くの間は自分の倍の体重があるヤツでも簡単にお姫様だっこが出来るらしい。少女漫画なんかに出るヒーローが、ひょろいのに何でもできるのと同じだって中継では言われてたっけ。

 一番を目指す体育祭で、個性を使うためとはいえ周りの生徒を助ける先輩がちょっとかっけーなって思ったことを本人に言うつもりはないし、見た目は全然王子様っぽくなくて、むしろ可愛い女の子なのに「平気だよ、私が守ってあげるから」なんて言われて心臓が掴まれたようにうるさいことは絶対に知られたくねェ!!

20(二十万打企画)
20200602
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