企画小説
※actU(小湊春市2年生)設定




 二年生になって小湊春市は前髪を切った。
 一年生の時に隠されていた瞳が今は遮るものもなくただ真っすぐに自分を見ているのを感じると名前は胸の辺りが煩くなることに気付いた。一年生の頃の春市は可愛い印象が強かったが、二年生になり前髪を切った春市は可愛いというと申し訳なくなるほどかっこいい男の子になっていた。


 何がきっかけで春市を好きになったのかと聞かれても困るが、名前は春市のことを一年の夏頃には既に意識しており、クラスの席替えで席が近くになれば喜んだし春市から話しかけてもらえると嬉しくて思わず普段以上に声が弾むくらいには可愛らしい恋心を育んでいた。

 付き合うとかどうとかではなく、春市と話しができればそれで良かった。挨拶をして、春市に名前を呼んでもらえればそれだけで満足するような名前は、精神年齢はちゃんと年相応なくせに恋に関しては今時の小学生でもびっくりなピュアなもので、ふとした時に手と手がぶつかっただけで顔を真っ赤にして何も言えなくなるのだ。ただ、これが意識している春市限定だったため、周りのクラスメイトは夏の終わりには名前の恋心を察していた。
 もしも名前の恋の相手が恋愛に慣れた者であったなら、名前のその行動ですぐにでも気持ちが知れていただろう。だが相手は恥ずかしがりで、兄を目指して青道の野球部までやってきた小湊春市である。名前が顔を赤くする時はたいてい春市も顔を染めて無言になることが多く、相手どころではなくなり名前のわかりやすい感情に気付くことは無かったのだ。

 そんな二人の様子を、クラスメイトが親のような心地で見るようになったのは秋の大会が終わって少ししたくらいからだろうか。
 おかしなことをしているわけでもないのに「あれは大丈夫だろうか」「まだあの二人には早いんじゃないか」などと言って二人のことを見ているクラスメイトのことを、二年生になった今でも名前は知らない。

 春市は髪を切ってから随分と男の人らしく成長を遂げ、恥ずかしくて顔を赤くするようなことはずっと減った。何かふっきれたように名前を下の名で呼ぶようになり、そして一年生の頃よりもずっと近い距離で話をするようになった。一年の時にクラスメイトであった者はその変わりように驚きつつ、二人への遠巻きな応援は続いていた。

 春市はクラスメイトのその応援に二年生になってようやく気が付いた。最初こそ、その生ぬるい視線に顔を染めていたのだが、夏頃にもなると慣れたように外野のことなどお構いなしに名前に積極的になっていった。名前が春市に向ける感情にも気付き、少しばかり余裕すら出てきたのである。
 最近は、周りの親のような気でいるクラスメイトに見せつけるかのように優しく甘い声で名前を呼ぶようにまでなった。クラスメイトの青道野球部のファンは、その度に彼の兄の顔がちらついてしまうのが最近の悩みだと話していたりもする。

   ○

 クリスマスの日、名前は部活でお世話になった先輩に会いに学校へ来ていた。年が明けてからセンター試験を受ける先輩へ、気休め程度であるが部員で買ったお守りを渡すためである。二年生がそれぞれ担当する先輩に代表としてお守りを渡すことになったのだが、名前が担当になった先輩は冬休みに入る一週間前にインフルエンザにかかってしまい、ようやく会える予定が組めたのだ。

 三年生が使用する自習室で勉強をしていた先輩にお守りを渡し終えた後、名前は春市くんは今何をしているのだろうと考えながら校舎を歩いていた。すると、驚くことに昇降口の辺りで偶然春市に会ったのだ。

 二年生になって、桃色の髪を見て彼の兄と間違えないように一呼吸置いて名前を呼ぶようなことは無くなったのだが、冬休みとなり、部活用ジャージの春市を見て名前は一瞬戸惑った。制服でも授業用ジャージとも違う姿にほんの少しどきりとしたのだ。
 綺麗な姿勢で、まっすぐ歩く春市にいつものように胸が高鳴るのを感じながら、一呼吸置いて春市の名前を呼ぶ。すると、驚いたような顔をして春市は名前を見た。

「名前ちゃん、どうしたの?」
「先輩に受験のお守りを渡してきたの」
「さっきまで雨降ってたし、寒くない? 大丈夫?」

 学校へ行くのだからと普段通り制服を着て来た名前だったが、タイツを履いているにしても寒い足下をちらりと春市に見られ心配されてしまった。

「大丈夫、ちょっと寒いけど」

 そういえば、雨がさっきまで雨が降っていた。冷たい風が吹いていない分、校舎内はまだマシであったがこれから帰るとなるとまたそれに吹かれるのである。もう少し着込んでくれば良かったと名前は思ったものの、その姿で春市くんには会いたくないなとも考えた。

「春市くんは、どうしたの?」
「冬休みで校舎には生徒がいないからさ、部活でちょっと使ってたんだけどタオル忘れちゃって」
「春市くんが忘れ物なんて珍しいね」
「そうかな? 考えごとしてたから……」

 ちょっと困ったような顔をした春市は少しだけ視線を外して昇降口のドアの方をちらりと見た。一瞬驚いたような顔をして小さく「雪が降ってる」と呟く。

「えっ? 雪?」

 春市の言葉に驚き、名前もガラス戸へ顔を向けると確かにさっきまで降っていた雨は雪に変わっていた。道理で寒いわけである。

「ホワイトクリスマスだね」

 名前が言った言葉に笑いながらそうだねと春市も答える。

「こっちでは珍しいよね。降谷くんは雪とかそんなに珍しいものじゃないって思ってそうだな」

 クリスマスに春市と会えるとは思ってもいなかった名前であったが、まさか雪が降るなんて、と何か運命的なものを感じていた。昇降口という場所がロマンチックのカケラもないように思えたが、二人きりで雪の降る様子を見ることが出来て良かったと、胸がいっぱいになる。

「春市くんとクリスマスを過ごせるなんて思ってなかったから、嬉しい」

 いつものように、頬を染めて嬉しそうに言う名前を見て、春市は気持ちが高鳴っていることに気付いた。二人きりという状況がより春市を煽る。ここには春市たちを見守るクラスメイトはおらず、何をしたって知られることはない。名前のことを見て可愛いと思うのは自分だけなのだと気付き、思わず春市は生唾を飲み込んだ。

 名前が春市を見る目はひどく優しくて子供のように純粋だった。
 にっこりと笑う名前に春市は優しく彼女の名を呼ぶ。すると恥ずかしそうに「何?」と返ってきた。その声も、表情も、全てに好意が含まれているように春市には感じた。そのことに、名前は気付いていないのだろうか。春市は「僕も、嬉しいな」と言い、名前の左手を取り指を絡ませた。

 春市が名前の手に指を絡ませ、今までにないくらいの距離で名前を見つめる。突然のことに名前は目を見開いて春市の顔を見る。だが春市は何も言わずに少し目を細めて名前を見つめるだけだった。

 一年生の頃、名前は初めて見た春市を女の子のような子だと思った。だが、今触れている手は大きく、手の平には豆があり、皮もしっかりしている。自分とは違う、男の子の手であった。春市を男の子だと意識していなかったわけではない。だが、急な出来事に頭がまだ整理しきれていない名前は、顔を横に向け、窓から見える雪を眺めて手に意識がいかないようにした。

 名前の手をぎゅっと握った春市は「名前ちゃん、僕を見て」と優しく囁く。春市の言う通りにすれば、優しいながら隙を見せれば一瞬で食べられてしまいそうな瞳が満足そうに輝いていた。
 一年生の頃の春市はどちらかというと草食系男子のように思えたが、二年生になってからの春市は肉食系である。一年でこうも人は変わるのだろうか、そう思うほど春市は名前に対して積極的になっていた。名前はその変化に戸惑いながらも、その積極的な春市にときめいていた。

 春市くん、と呼んだ名前の声には戸惑いが混じっている。何せ小学生もびっくりな純粋な恋心を育んでいた名前である。甘ったるい声で呼ばれ、指を絡ませてきた春市に戸惑わないわけがない。

「名前ちゃん」

 顔を赤く染める名前の顔を見て、春市はゆっくりと彼女の耳元へ唇を寄せた。驚いたのか絡まれた指を名前がぎゅっと握る。その可愛らしい反応に思わず春市はくすっと笑ってしまう。

「好き」

 いつか、言えるタイミングがあれば伝えたいと思っていた。
 クリスマスで、しかも雪が降っている時に会えるとは春市も思ってもいなかった。場所が惜しいかもしれないが、今言わないでいつ言うんだ。二人きりで、邪魔する人間なんて一人もいない中、囁くようにもう一度好きだと伝えれば、名前は顔を真っ赤にして頭を何度も縦に振った。


▽ホワイトクリスマス「70000打&クリスマス企画」
20161225
20170303 修正
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