企画小説

 外で、隣を歩きながら話している時、時々不破くんは少し屈むようにして私に顔を近付けることがある。多分、周りの音が煩くて私の声が聞こえないからなんだろうけど、その時にふと香る彼の匂いとか、少しだけ笑った口元とか、私の話を聞こうとするその姿勢が嬉しくてきゅっと胸が苦しくなる。

   〇

 不破くんは頭がいい。けど、その頭の良さが原因で「クラッシャー不破」と呼ばれているという話は学校では結構有名だった。
 最初は表情もあまり変わらないし、怖い人だと思っていたけれど、彼と話していくと怖いことなんてない、むしろ優しくて面白い人だと感じた。

 塾の帰り道に怪我をしていた不破くんの手当てをしたことで私は彼と知り合った。
 手当てといってもハンカチを濡らして傷に当てるという手当てともいえないものだったが、不破くんは「名字、感謝する」と小さく頭を下げ、荷物を持って去っていった。不破くんと一緒にいた風祭くんも何故か私にお礼を言って不破くんの後を追っていったけど、私はあの大したこともない手当てにお礼をする不破くんと風祭くんがおかしくて、とても丁寧な人だなと思った。
 不破くんとは隣のクラスで、それまで挨拶なんてすることがなかったから不破くんが私のことを知っているとは思ってもいなかったし「クラッシャー不破」の件もあり、とても驚いてしまった。

 その怪我をきっかけに、あっという間に彼と仲良くなった。
 不破くんは頭が良いから私によく勉強を教えてくれる。サッカーで忙しいみたいだけど、風祭くんと友達になってから不破君はサッカーを知り、サッカーをすることでいろんな人と出会い、学び、それまでよりも充実した生活を送っているようだ。

 サッカーは興味深いと言った不破くんは、話によると他校に倒したい人がいるらしい。お昼休みに授業でわからなかったところを教えてもらった後、サッカーの話をしていたらそんなことを教えてくれた。
 不破くんを知ることが出来るのは嬉しい。ちょっとしたことに浮かれていると何故か私は休日に不破くんと出掛けることになっていた。どうしたらそんな話になっていったのかはもう覚えてない。話がうまく進んでいったらそうなっていたのだ。

 私は不破くんが好きだし、一緒に出掛けることが出来るなら嬉しい。けど、不破くんはわかっているのだろうか。二人きりで出掛けるなんて、それってデートの誘いだって勘違いされる可能性もあるんだよって。


 スポーツショップに行かないかと言われ、了承して数日。
 サッカー部は久しぶりのお休みだったらしくて、そんな大切な休日を私と一緒に過ごしていいのかと尋ねると、眉間に皺を寄せて意味がわからないと言われた。

「俺が誘っているんだから、いいに決まっているだろう」

 確かにそうなのだけど。でも、と思ってしまう。嬉しいのに、戸惑ってしまうのだ。
 それでも一緒に出掛けるのは嬉しくて、今日はつい先日一目ぼれして買ったワンピースを着て、パンプスを履いた。待ち合わせ場所で会った時には何も言われなかったけど、不破くんは少しだけ驚いたような顔をした後、ふっと優しく笑ったからそれだけで十分だった。

 不破くんはゴールキーパーだと以前教えてくれた。今日はそのためのグローブを見たかったらしい。まだ新しいものを買う予定はないらしいけど、メーカーによってどのくらいグローブが変わってくるのか、素材や形状を確認したいと言っていた。私にはよくわからなかったけれど、それでも一生懸命確認するようにして見ている不破くんの姿を見ているだけで良かった。

 お店を出ると不破くんは「次は名字の行きたい所に連れて行ってくれ」と言った。スポーツショップに私が付き合ったから、そのお礼だと言われたのだけど突然そんなことを言われても困ってしまう。

「じゃあ、ここらへんを少し歩いてみるか」

 今日は地元の商店街ではなく、少し大きな街にあるスポーツショップに来ていたため周りにはいろんなお店が建ち並んでいた。
 既にクリスマス仕様となっている街の雰囲気に少し浮かれながら不破くんの隣を歩く。
 不破くんと休日に出掛けるというだけで浮かれる話だが、クリスマス仕様となった街を彼の隣で歩くという特別感はより胸を高鳴らせる。

 歩きながら隣にいる不破くんといろんな話をする。私の話を頷いたり少し顔を近付けたりしながら真面目に聞いてくれている不破くんの様子に嬉しくなるも、普段よりもずっと饒舌になっていたことに気付いて彼に謝罪する。今日、不破くんは殆ど私の聞き役になっていた。

「何故謝るんだ? 名字は何も悪いことをしていないだろう」
「でも、今日私ばかり話してるから」
「名字の話を聞けば名字を知ることが出来るので別に構わない」

 こういうことをサラリと言われてしまうと反応に困ってしまう。でも、不破くんの表情は優しかったからきっと良いように受け取ってしまってもいいかもしれない。

 不破くんと話しながら歩いていると、お店のガラス扉にブーケ状の植物が吊さるようにして飾られているのを見つけた。小さな実のようなものが付いているが華やかさはなく、なんでこれが飾ってあるのだろうと見ていると不破くんが「ヤドリギが気になるのか?」と尋ねてきた。

「ヤドリギ?」
「あぁ、あれはヤドリギと呼ばれる植物だ」

 不破くんは私の顔を見た後、ヤドリギが吊るされているお店に近寄る。私も彼の後を追うと不破くんは「クリスマスに女性がこのヤドリギの下にいたら、キスをしていいという話がある」と言った。不破くんの「キス」という言葉に驚いて思わず言葉を反芻してしまう。

「女子はそういう話が好きだが、名字は知らないのか?」
「初めて聞いたよ。そのヤドリギってのも初めて見た。不破くんはやっぱり博識だね」
「いや……いや、すまない。そうか、知らないのか。知っていて聞かれたのかと思った。」

 彼の言葉にどうしてと尋ねる。不破くんは一度私から視線を外したが再び私の表情を確認するかのように私を見た。

「ああ、そうだな。……名字はそういうタイプの人間ではないと知っているのに、勘違いをしていた。知っていて尋ねてきたらキスしてくれと言っているようなものだ。名字の性格からして、そんなことを言うとは思えないのに――」

 不破くんは自分の気持ちを整理するように淡々と語っていく。

「あぁ、やはり俺は名字が好きだから、そうであったらいいと思ったのだろうか。名字に恋愛感情を抱いている可能性があると判断して今日誘ったが、思っていた以上に正常な判断が出来なくなるようだ」

 私の顔を見て真顔で言う不破くんに、私は顔の血液が沸騰したのかと思ってしまうくらい頬が熱くなっていることに気がついた。

「だが、悪くない心地だ。サッカーとは別の興味深さだな。名字、これからもこうして一緒に過ごす機会が欲しいのだがいいだろうか?」

 そう言った時の不破くんの表情が今までに見たこともないくらい優しく笑ったものだったから、私は思わず早口で「私も不破くんが好きだからいいよ」と言ってしまった。


▽ヤドリギ「70000打&クリスマス企画」
20161113
20161225 修正
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