企画小説
※「慰めランデブー」の続き






 12月25日、クリスマスである。
 及川くんから11月にクリスマスデートの誘いがあったが、あっという間にこの日がきてしまった。「彼女が出来たら約束は無しにするからすぐに言ってね」と言えば「今は告白断ってるからそんな予定ありません」と彼は口を尖らせた。
 及川くんがそんなことを言った時、何を言っているんだと思った。及川くんの彼女になりたい女の子やクリスマスデートしたい子なんて山ほどいるだろうに。
 けど、町がクリスマスカラー一色になった時に今年も及川くんに会いそうだなと思っていた部分もあった。

 三年間、彼と同じクラスで過ごしてきた。彼の人気ぶりは周知の事実だ。バレーの試合時に及川くんを応援する女の子は多いようで、他校にもその人気ぶりが伝わっているらしい。恐ろしいなと思う。
 岩泉くんとのやり取りを見ると及川くんってちょっと残念だなと思うこともしばしば。だが、それ含めて彼である。後輩が想像する「かっこいい及川さん」像よりは、少し残念な部分もありつつバレーに対して真面目な様子が伺える「クラスメイトの及川徹」という姿の方が私は好きだった。

 12月に入って、クリスマスに出掛けると言えば家族は「誰と?」と聞いてきた。友達だと答えれば「もしかして毎年クリスマスに会う子?」と言われる。
 二年連続で彼女に振られ、一人でイルミネーションを見に行こうとする及川くんの行動に家族は笑いつつも可愛い子だと言っていた。そしてクラス写真を渡して及川くんを見せればひどく驚いていた。まぁ、そうだろうなとは思う。私もあんなにも整った顔をした男の子が毎年クリスマス前に振られるなんて、と疑問に思うのだから。


 午前中は図書館へ行き、午後は家で勉強して夕方から仕度を始める。
 彼はクリスマスデートだと言ったが、だからといって色っぽいことなんてない。ここ二年で私たちは少しの時間を過ごしただけで、そして今回もそれは同じだ。ただ、だからといって部屋着のような格好で行くわけにもいかない。少しだけお洒落をして家を出る。まずはチキンを買いに行こう。

   ○

 例年通り、いつものお店でいつもの商品を買う。受け取った袋からはほんの少しチキンの匂いがした。
 何事もなく帰宅し、台所にいる母に無事買ってきたことを伝え再び家を出る。既に辺りは薄暗くなっており、通りには手を繋いだカップルが歩いている。

 待ち合わせ場所に指定されたのは駅前の小さな広場だった。駅前ということもあり周りには多くの人がいる。すぐ傍にある花壇や時計にはイルミネーションが施されており、スマホを構えている人も多く、及川くんもその一人だった。

「及川くん」

 声を掛けると及川くんはゆっくりと振り返った。驚いたような顔をした後、にっこりと笑う。カシャリと鳴った音に驚くと、どうやら彼は私の写真を撮ったらしく「うん、可愛い可愛い」と笑った。

「お洒落してくれてる、嬉しいなぁ」
「一応ね。去年までと違って誘われた訳だし。まぁ、誘われなくても会いそうだったんだけど」
「でも嬉しいよ。クリスマスデートだもん。俺初めてだ」

 及川くんは嬉しそうに笑った。普段からキャーキャー言われている及川くんだが、今日はお洒落な私服なためより一層注目を浴びている。近くに集まっていた女の子たちがチラチラと及川くんを見ている。彼はそれを気にする様子もなく私に話しかけてくる。すごい。慣れてるんだなぁ。私なんて自分に関係ない及川くんに向けられた視線で居心地が悪くなっているのに。

「それで及川くん、今日はどこに行くの? 『予定は任せて』なんて言ってたけど」
「電車に乗って少し大きな街に行こうと思ったんだけど、いい? ここよりすごいみたい」

 いいよと了承すれば、有り難うと手を差し出される。
 手を取ることが正解なのだろうか。切符を買ってくるからお金を出せ、とかではないよなと、差し出されていた手に触れると目を細めて嬉しそうに及川くんが笑った。正解だったようだ。


 待ち合わせ時間は電車を乗ることを想定していたのかな。繋がれている手を見ながら隣を歩く。今まで及川くんとクリスマスを過ごしてきたが、一度も触れることのなかった手に今私は触れている。そう思うと胸が騒いだ。

 及川くんの顔は整っていると思う。カッコイイ顔だと思う。でもだからといって好きな顔かと聞かれたら普通だと答えていただろう。でも、今さっき見た嬉しそうな及川くんの笑顔にはきゅんとした。どきりとした。
 及川くんはクリスマスに出掛ける約束をしたあの時から既に「デート」と言っていたが、私は例年通りちょっとしたイルミネーションを見て、チキンを食べて終わりだと思っていた。だから、想定外だった。思っていた以上にデートらしいデートをしようとしてる及川くんに、ドキドキしてくる。


 電車に乗ると想像以上に人が多かった。クリスマスだからかなと及川くんに言えば、そうかもねと言って彼は突然恋人繋ぎをしてきた。驚いて顔を上げると及川くんはにやりと笑っていた。

 目的の駅に着き、ホームを出るとありとあらゆる所がクリスマス仕様になっていた。駅の広場にはツリーが飾られており、人通りもずっと多い。手を繋いでいるのにも関わらず、私は及川くんとはぐれてしまうかもしれないと不安に思ってしまった。少しだけ及川くんに近付くと彼から香る匂いに再びどきりとする。

 今日の及川くんは、後輩の言う「かっこいい及川さん」のようで戸惑ってしまう。残念なところがない。かっこいい。おかしい――と思うのも失礼なのかもしれないけれど、驚いてしまうくらい私の知る「及川くん」ではなかったのだ。
 岩泉くんがいないからだろうか。てへっと舌を出してお茶目なアピールをする及川くんなんてここにはいない。
 及川くんの理想のクリスマスデートを行うためだろうか。まるで本当の恋人のような対応に胸が締め付けられる。私が高校一年生の時に見た、泣きそうな顔をした及川くんはどこにいってしまったのだろう。


 及川くんに連れられて、他のカップルと同じようにイルミネーションへ足を進める。周りから見たら私たちは恋人同士に見えるのだろうか。及川くんはなんでもないように私の手を引いていく。
 勉強はどうか、受験はいつか、卒業したら何をしたいか。そういう学校にいる時と変わらない質問をされているのに、私は上手く答えることが出来なかった。
 今の私には、魔法に掛けられたように及川くんがキラキラして見えているのだ。

 駅を出たところにある広場にはツリーとアーチがあり、子どもたちが元気な様子で走り回ったりカップルが幸せそうに腕を組んで歩いていた。あらゆる所が光輝いていて思わず「すごい!」と及川くんの腕を掴んでしまう。

「ご、ごめん」
「気にしないで。でも本当にすごいね」
 
 本当に気にしていない様子の及川くんを見て、ちょっと残念に思った。私は今日、こんなにも彼を意識してしまっているのに。及川くんは本当に、ただ自分の理想のデートを遂行しようとしているのだろうか、なんて。

「ねぇ名字ちゃん。今日、君とこうしてデートが出来て良かった」

 及川くんは私と向かい合い、繋いでいた手を離し、私の手首を掴んだ。何だと思う間も無く、彼は掴んだ手をそのまま顔へ近付ける。私の「及川くん」と呼ぶ声も無視して彼は私の手のひらにキスをした。

「なっ!?」
「怒らないでね。でも本当だよ。名字ちゃんが好きなんだ。昨日の夜、俺がどんな気持ちで布団に入ったかわかる? 家を出て待ち合わせ場所に君が来るまでの間どんなに緊張してたかわかる?」

 知らないでしょーなんて口を尖らせる及川くんは私と目が合った瞬間目を細めて笑った。その時の彼の目はほんの少し性的だった。色っぽいと言った方が正解かもしれない。でも、今まで見たことのない及川くんに私は少しだけ焦ってしまう。
 及川くんの後ろにはキラキラと輝くツリーが輝いている。

「高一の時のクリスマス、君はかっこよかったね。俺の手を引いて慰めてくれた。慰める道具がまさかなチキンだったわけだけど」

 肩をすくめる及川くんは私の顔が真っ赤になっていることに気付いている。抵抗しないこともわかっているのだろう。掴んでいた私の手首から手を離すと次に私の腰に手を回してきた。なんてことだ、と思うがやはり今の私には及川くんは今までにないくらいかっこよく見えるし、ドキドキしているし、もう心の中はおかしなことになっていた。

「ねぇ、今はもうあの時のダサい俺じゃないよ。好きだよ名字ちゃん」

 近付いた彼の唇が耳をかすめた。思わず自分の唇を噛む。近付いたせいで、彼からはドキドキするような匂いがした。好きな匂いだ。鼻をくすぐるその匂いが私を包み込むようだった。

「……及川くんは、今までのクリスマスとか関係なく今年も彼女いたじゃん。なんで急に!!」

 緊張がいき過ぎてしまったのか、自分の口から出た言葉は明らかに納得していないような子供っぽいものだった。なんだかちょっと、嫉妬しているようにも思えて恥ずかしくなる。
 恥ずかしくて下を向くと及川くんは「あぁ……」と戸惑うような声を出した。なんだその声は、と顔を上げると彼は眉を下げて困った顔をしていた。

「えっと、だって俺も、昨日気付いたんだ」
「……はっ!?」

 思わず大きな声でそう返すと、慌てた様子で及川くんは私の腰から手を離して降参するとでもいうように手を挙げてみせた。

「デートに誘ったのは、本当にクリスマスはなんだかんだ会いそうだなーこうなったら今年は予めデートで会えばいいんじゃないかなーみたいな……」
「……」
「ひぃ、そんな目しないで!! ちょっと俺の話聞いて!!」

 そう言うと、及川くんは眉を寄せて恥ずかしそうに頬を染めた。少しだけ視線を外すも、意を決したような顔をして再び私の方を見る。

「クリスマスが近付くにつれ、どんどん今日が楽しみになるし、デートだし洋服買いに行こうとか無駄に気にしてた。暇があればクリスマス関連のサイト見てどこに行こうとかこうしようとか考えちゃうし……。つまり、めちゃくちゃ楽しみな自分がいて!! じゃあなんでかなって俺なりにちゃんと考えたの!! 昨日部活の皆と会った時に今日のこと考えてたら珍しく静かだなって言われて岩ちゃんには変な目で見られるし、他にも根掘り葉掘り聞かれたらなんかめっちゃ笑われるしさ。ほんと何なの!? クリスマスに呪われてんの俺!? あのさ、俺、本当に名字ちゃんのこと好きだからね!? めっちゃ好き!!」

 彼は恥ずかしそうに両腕で顔を隠すようにした。それでも彼の耳は真っ赤だし、ちらりと私を窺うように盗み見ている目にはうっすらと涙があった。
 ああ、この及川くんを私はよく知っている。高校一年生の時に見た、あの及川くんだ。さっきまでかっこよかったのになと、思わず笑ってしまった。

「及川くん、有り難う」

 今まで、及川くんのことが好きかどうかなんてちゃんと考えたことが無かった。でも、クリスマスに二年連続会って恋人でもないのに一緒に過ごすなんて、ちょっとした運命のようなものを感じていたのだ。
 及川くんが知らない間に私を好きになっていたのなら、きっと私も同じなんだろう。かっこいい及川くんにドキドキして、ちょっと残念な及川くんにほっとする。もっと、いろんな及川くんを知りたいと思った。

「私も、多分好き」
「えっ、た、多分……」

 肩を落とした及川くんは少しだけ私を睨んだ。口を尖らせてぶーぶー言っている彼は、背が高いのにまるで小さな男の子のようだ。

「だって、考えたこともなかったんだもん。でも……」

 来年も一緒にイルミネーションを見たいって思うくらいには、好き。
 そう言えば、すぐに嬉しそうな表情に変えた及川くんは思いっきり私を抱きしめたのだった。


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20161225
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