企画小説

 ハロウィンを過ぎると世の中は次のイベントへと気持ちが急くようで、雑貨屋さんはオレンジや紫色から赤や緑、白などがメインの雑貨に切り替わっていた。
 未だ12月にもなっていないが東京ではツリーの点灯イベントがあったらしく、テレビには大きなツリーを前ににこやかに笑うキャスターの姿とツリーを幸せそうに見上げるカップルの様子が映し出されていた。皆クリスマスが好きなんだなと思ってしまう。
 別にクリスマスが嫌いなわけではない。この時期になると可愛い雑貨やお菓子が増えるし、いろんなケーキを見るのは楽しい。世の中が浮かれるのもよくわかるし私も浮かれてしまう。
 ただここ数年のクリスマスは、ある男の子によってちょこっとおかしなクリスマスとなっていた。


 及川徹。
 その顔が好みかどうかは置いておいて、彼は整った顔をしている。背が高く、バレー部に所属しているスポーツマンだ。バレー部で試合をしている時の真剣な表情とその他の時との差があって、そのギャップが良いとよく聞く。
 女の子にとても人気で、他の男子生徒よりも随分と女の子慣れしている。女の子からプレゼントを受け取ったり一緒に写真を撮ることをお願いされることもあるらしく、ファンサービスも丁寧らしい。
 幼馴染の岩泉くんとは信頼し合っていて二人のコンビネーションは安定感があるとバレーオタクの友人は言っていた。

 数ヶ月前、休日に眼鏡を掛けて歩いていた彼の姿を見かけた女子生徒がいたようで、月曜日には下級生を中心に彼の噂で賑わった。部活の後輩に聞いたが彼は憧れの先輩として人気があるようだ。
 つまり及川徹という男子生徒は、眼鏡を掛けた姿を見ただけで噂が広まるのである。私は正直、まじか、と思ってしまった。眼鏡が似合わないとか、眼鏡にキャーキャーするのがおかしいとかでは無く、この人はどんだけモテ要素を持っているんだ、という意味での「まじか」である。ただ、実際に視力が悪いのかはわからない。伊達眼鏡の可能性もあるが、どうであれ、我が校で眼鏡を掛けただけで噂が広まるのは彼だけだろうと私は思っている。

 そんな及川徹くん。モテないはずはなく、彼女も今までに何人かいるようだった。まぁそうだろう。そういうものだ。他校にもファンがいると聞く及川くんに彼女がいて当然である。
 バレー部は月曜日がお休みらしく、彼女らしき女の子と一緒に下校している姿を見かけたことも何度かあった。羨ましいと思った。及川くんの彼女になれる女の子が――ではなく、彼氏彼女として一緒に下校したり制服デートをすることが、である。


 そんな及川徹くんと私は、何故か二年続けてクリスマスを共に過ごしている。
 高校一年生の時も二年生の時も、一緒にイルミネーションを見たりデパートに飾られているツリーを見たりしている。ちなみに付き合ってデートをしていたわけではなく、及川くんが彼女に振られたのを慰める形でそうなったのだ。

 バレーに全力だった及川くん。他校にライバルがいるらしく、その闘志を胸に努力していた。ただ、文武両道すら難しい上に恋愛である。なかなかうまくいかなかったらしい。高校一年生の時なら尚更だっただろう。
 クリスマス前に振られてしまった及川くんは部活仲間と別れた後、彼女と見ようと計画していたイルミネーションを一人で見に行こうとした。そんな時、予約していたチキンを買って家へ帰る途中だった私は落ち込んでいる彼と鉢合わせしたのだった。

   ○

「あれ、及川くん。一人でどうしたの?」
「……名字さん」

 私の顔を見るなり唇を噛み、瞳を揺らす及川くんに驚いた。
 クラスメイトとはいえ、あまり喋ったことのない及川くんについ声を掛けてしまった。チキンの香りに浮かれていたからだろうか。うーん、どうしようと思うも、寂しそうな表情を見てつい何とかしてあげなくてはいけないのでは、という気持ちになってしまった。

「ちょっと前に彼女に振られてさ。本当ならここ一緒に来てたのかなって」
「そ、そうだったんだ。残念だね」

 なかなか反応しずらいコメントだ。当たり障りのない言葉を返すと及川くんはちらちらと私を見る。構ってほしいのだろうか。気付かれないように小さなため息を吐いた。まだ彼女に振られた気持ちを引きずっているのだろう。

 何も言わない彼に仕方ないと彼の腕を引っ張りベンチに座らせる。ベンチの横に立っている街灯も植木も、綺麗なイルミネーションの一つとして飾りが施されていた。駅の近くはもっとすごかったし、そんなに大きくはなかったがツリーもあった気がする。デパートの一階もすごかったっけ。
 隣に座っている及川くんにチキンの入った袋を渡し、家に一度電話を掛ける。友達に会ったから先にご飯食べててと言えば、ケーキ食べちゃうよと言われた。けれども及川くんを放置するわけにも彼を家に呼ぶわけにもいかない。残しておいてと言えば、少し文句を言われたものの遅くならないうちに帰ってきてと言われ電話が切れた。

 これで一安心だと彼に渡しておいた袋を受け取り、箱を開ける。入っていたウエットティッシュで手を拭き、中からチキンを取り出して私はそれを及川くんに渡した。

「はい」
「……えっ?」
「はい、これ食べなよ。クリスマスだもん」

 彼は何度も瞬きをして私とチキンを交互に見る。彼の手は空中に浮いていて動かない。仕方なく彼の半開きの口にチキンを入れたら「痛い」と言い、ようやくチキンの骨の部分を掴んだ。
 人通りのあるこの道で彼にだけチキンを食べさせるのもどうかと思い、私も袋から同じものを取り出す。少し余分に買っておいたから大丈夫だろうと考えながら脂っこい皮に歯を立てる。

 ベンチに座り言葉も交わさずに二人でチキンを食べる。
 ベンチに座っているといっても行儀が悪いような気もするし、クリスマスという日に男女二人で会話もせずにチキンを食べるなんて普通じゃない。近くを通るカップルは少し頭を傾げて私たち二人を見て歩いていった。唇に油がついているし、チキンの匂いが結構すごい。
 いろいろとおかしいけど、でもクリスマスって感じがして少し幸せになった。
 綺麗に食べ終えた後にウエットティッシュで口と手を拭く。及川くんも食べ終えたようで予め渡しておいたウエットティッシュを使い終わると「なんか、名字さんって、思ってた感じと違った」と呟いた。

「女の子らしくないってこと?」
「そうじゃないよ。チキン食べさせるような子だとは思わなかったってコト。優しいね、慰めてくれたんでしょ」
「泣きそうな顔してたからさ。食べ物食べると幸せになるし、気持ちもポジティブになるかなって。それに、チキンってやっぱりクリスマスっぽい感じでいいでしょ?」

 そう言うと及川くんは「うん。そうだね」と静かに笑った。有り難う、と少し照れくさそうに言う及川くんは少し元気になったようだ。

「……彼女じゃないけどさ、イルミネーションが見たいなら一緒に行こうよ。一人より二人の方が寂しくないよ」

   ○

 ついそんなことを言ってしまい、私は及川くんとクリスマスでいつも以上に賑わっている町中を歩いた。
 私が言い出したことではあるが、予想以上に周りがカップルだらけで困ったことをよく覚えている。幸せそうにイチャイチャしているカップルが周りにいる中、手も繋がず少し離れた距離を歩く私たちは少しおかしく見えたかもしれない。


 高校一年生の冬、そんなクリスマスを過ごしたが及川くんとの距離は特に縮まることはなかった。目が合えば挨拶をし、会話をする。けれどもそれ以上のことはなかった。別にそれに対して何か思うことはなかった。彼とどうにかなりたいなんて思ったことはなかったし、これから一生私たちの関係はただのクラスメイトでしかないと思っていたからだ。

 だが、おかしなことにその一年後、再び同じクラスになった及川くんとクリスマスを過ごした。
 二年生の時も似たようなものだ。一人で寂しい及川くんとチキンを買いに行かされた私が偶然出会い、前年座ったベンチでチキンを食べる。ただ、前の年と違ったことは、及川くんは私が差し出したチキンを何も言わずに受け取ったことだ。イルミネーションを見た時の私たちの距離は去年より少しだけ近付いていた。
 帰り道に小さなケーキを買った及川くんは私にそのケーキの箱を渡し「チキンのお返し」と言った。思いもよらないプレゼントに笑うと、及川くんは拗ねたように顔を逸らした。

 二年間、クリスマスという特別なイベントを過ごした私たちは三年生になって少しだけ距離が縮まった。結局三年間同じクラスになったこともあり、連絡先を交換して二年生の頃より少しだけ会話が増えた。だからといって特別な仲になるような雰囲気は無かったし、彼には相変わらず彼女がいた。


「ねぇ、名字ちゃん。クリスマスデートしよう」

 数ヶ月前に彼女と別れたと噂の及川くん。別れた当時はやはり毎度のことながら少し気にしていたようだったが、その後彼は好きなバレーに勤しんでいたような気がする。今のところは彼女はいいかなと言って断っているという噂も聞いた。だから何故、と思うのである。

「二度あることは三度あるっていうしさ、逆に最初っから名字ちゃんと会っててもいいかなって」

 にっこり笑う及川くんに「それ、失敗に関する戒めの言葉なんだけど」と言えば、彼は知らん顔をするように口笛を吹いた。
 何を考えているのかがわからない及川くんであるが「名字ちゃん最近受験勉強でお疲れでしょ? 少しだけでいいから俺と息抜きしよう」となんだかもっともらしいことを言ってきた。確かに、最近息抜きは出来ていない。実際に受験のことを考えると焦りもあるが、定期的に息抜きをしないとダメな性格であるのは自分が一番理解していた。「じゃあチキン家に買ってってからね」と彼に言えば、彼は嬉しそうに頷いた。


▽クリスマス「70000打&クリスマス企画」
20161113
20161225 修正
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