企画小説
※大人な基山ヒロト



 料理の練習を真面目にするようになった。煮物は一通り覚えたくてお母さんに頼んで、見てもらいながら一緒に作ったりもした。今時煮物かぁって友達には笑われたけれど、ヒロトが初めて私の家で家族と一緒に夕食を食べた時、幸せそうにお母さんの煮物を食べていたのを見て、絶対に美味しい煮物を作れるようにならなきゃと思った。
 お母さんは料理を教えてくれる度になんだか寂しそうな、嬉しそうな顔をする。その理由なんて聞かなくてもわかっていた。

 名前と一緒に暮らしたいな。結婚したいな。そうきらきらした指輪を見せられたのが昨日のように思いだされる。数ヶ月も前の出来事で、ヒロトの言葉が嘘でも夢でもないということが日々の生活に少しずつ現れている。
 テレビで見たウエディング雑誌が何冊かリビングの机の上に置いてある。初めて買った時は恥ずかしくて、何日も袋から出さずに部屋の端に置いてあった。ヒロトからあの素敵な指輪を見せられた日から、恥ずかしさと嬉しさとほんの少しの寂しさで毎日があっという間に過ぎていく。


「今日は、肉じゃがなんです」
「ありがとう」
 嬉しそうに笑ってくれるヒロトの顔を見てとりあえず安心をする。
「うん。おいしいよ。本当に上手くなったよね」
「それはよかった」

 それでも、あの時の幸せそうな笑顔まではいかなかった。そう簡単にはあの味までたどり着けないらしい。少しだけ、悔しい。

「どうして少し不満そうなの」
 ヒロトはお茶を美味しそうに飲みながら、綺麗な緑色の目を私に向けて言った。その目はとても優しかった。実は私の気持ちに気付いているんじゃないかと思う一つ一つの仕草が同じ歳のくせに大人っぽくて、お互いもう大人なのに私はまだ子どもだった時のことを思い出した。

「ヒロトが、私のお母さんの肉じゃがを食べた時はもっと幸せそうだったなぁって」
「そうなのかな。でも名前のお母さんと名前は料理をしてきた年数が違うからなぁ。それにさ、俺はこれから名前がどんな料理を作って、どんだけ上達してくのがわかるんだよ。そっちのほうが俺は楽しみであり、幸せなんだよ」

 ヒロトはにっこりと笑って食事をすすめた。ヒロトは聞いてて恥ずかしくなってしまう言葉をさらっと言う。これは付き合う前からだったけれど、未だに慣れずに自分の頬に熱を持ったのを感じた。赤くなってしまったであろう頬にヒロトは何を思うだろうか。私は未だに彼が赤くなって慌てる様を見たことがなかった。どんなことがあっても冷静で、好きという言葉も嬉しそうに笑って言うが頬を赤らめる感じではない。私はこれから一緒にいて、何度そういう彼を見ることができるだろうか。

 ごちそうさま、と手を合わせてからヒロトは私の顔を見ておいしかったよ有難うと一言言った。その言葉があると私はもっと上手くなろうと思う。頑張りたくなるのだ。


「名前これからもよろしくね」
 ヒロトは笑った。カレンダーをめくってから、嬉しそうに私に笑いかけた。少しだけ、照れたような、薄く染まった彼の顔を私は初めて見た。

恋の色は何色(10000hit企画)
20130712
20150510 修正
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