企画小説
田島「漫画なんかじゃない」番外編
野球が好きな女子が少し珍しく思えた。
よくよく考えたら全くいないわけではないのに、球場で見かけたり真っ赤な顔をして笑って野球の話をする名字を見ると少し、話してみたくなった。
春は話しかけようと思っても、きっかけがつかめないまま日々は過ぎていった。
ひどく悲しそうな目をして、羨ましそうな顔をして、唇を噛みしめて田島をじっと見ていた名字を今までに何度か見た。田島も何度か少し困った顔をして名字を見ていたことがあった。田島のその表情に、こいつもこんな顔をするんだなと思ったことを覚えている。
それからまた時が経ち、名字と会話をよくするようになる。夏も秋も、野球を見るのが幸せだと言った名字が田島に名前と呼ばれだしたのは、はていつだったか。
冬は野球が無いと口を尖らせる名字に何度か八つ当たりをされた。その頃にはもう名字はあの頃のような悲しそうな目をしなくなったし、田島も同じようにあの困ったような顔はしなくなっていった。
「孝介ー」
度々からかうように名前を呼ばれれば、田島は「いいなぁ、俺も名前がいいなぁ」と悔しそうに言う。しかし田島はそれ以上は言わずに、逆に大きな声で名字の名前を呼ぶ。名字が、俺だから簡単に名前を呼べて田島だから恥ずかしくて呼べないのは田島にもよく分かっているのだ。
だから時々ぼそりと田島の名前を言うと名字はしまったというような顔をして、耳まで赤くして恥ずかしそうにした後俯いてしまう。そんな時、田島は嬉しそうに歯を見せて笑う。顔を名字と同じように赤くして。
近くでそんな、青春漫画の1ページのような場面を見せられても不思議と嫌だという気持ちは持たなかった。少しからかってみたりすることはあったが、悪意を持ったことは一度もなかった。
部活に行く前に名字に名前を呼ばれた。
「頑張ってね」
手を振ってそう言う名字に同じように手を振り返す。窓の外はとても綺麗な青空だった。
恋の色は何色(10000hit企画)
20130614
20150510 修正