企画小説
誰が好き好んで夏休みに宿題なんかやるか、と言いたいところだがそうもいかない。心のうちはそうでもやらなくてはいけないものである。やらないと後になって面倒なことになるのだ。
久しぶりに友達と出掛ければ、何の宿題が終わって何の宿題がまだ終わっていないかを確認するというのが恒例だった。別に人の話を聞いても自分の宿題が勝手に終わっているわけではないが、ついつい聞いてしまう。多分、まだ終わっていないと言ってくれる事を望んでいるのだ。同じような立場の子がいると、安心するから。
時々全部終わらせたよとキラキラした笑顔で言ってくる子もいる。その言葉で早く終わらせなくてはと、カンフル剤のようなものになってくれる事もあるためやはりそういう会話は必要だと思っている。
部活があるから終わらない……と言ってみても私の部活は比較的のんびりで夏休みであっても普段以上に活動するというものではなかった。他の運動部の友達の話を聞けば、そんな言い訳は通用しないのだ。ため息をついてまだ白いプリントを見る。来年は受験生だぞなんて、先生に言われなくてもわかっている。
「あれっ、先輩」
その宿題をするために原稿用紙を買いに行った帰り道、ふと声を掛けられた。声をかけられるのとほぼ同時に腕も掴まれる。こうやって私を呼ぶ人物は、ただ一人の後輩しか思い浮かばなかった。
「富松くん」
委員会の後輩だった。
少しだけ嬉しそうにもう一度私の名前を呼ぶ彼は、今日はどうやら一人らしい。委員会の時以外、彼と話す時には彼の級友が一緒にいた。彼を思い浮かべると、その彼の級友を思い浮かべるほどいつも彼らは一緒だった。
「なんか、富松くんが一人なんて不思議な感じ」
「委員会の時も一人でしょう」
そう困ったように笑うけれど、やはり不思議な感じだった。どうしてだろうか、もしかして私服だからだろうか。
「先輩って、家こっちの方だったんですね」
歩きながら、富松くんはそう言った。近所の本屋の袋を持っている富松くんは少しだけ暑そうに前髪を触った。
夏休みというものは、不思議な期間だと私は思う。
一ヶ月も経っていないのに、富松くんが少しだけ大人っぽくなった……というかたくましくなったといえばいいのだろうか。そう、以前とは違って見えるのだ。
少しだけ焼けた彼の肌のせいなのか、それとも初めて見る私服のせいか、男の子は少し見ないだけでも変わるのだろうか。いや、もしかしたらそれ全てかもしれない。
富松くんも男の子で、そして成長期だ。身長は最初から抜かされているからよくわからないが、春よりも伸びているだろうし制服の丈も丁度よくなっているのかもしれない。委員会で一番最初に見た彼は、汚れ一つないぶかぶかな制服を着ていた。
「宿題終わらないんですよね。あの全学年共通の宿題」
富松くんがそう呟いた。それはいつものように学園長の突然の思いつきで出されたものだった。それでも普段のものよりは学校の先生らしいもので、入学時と今を比べて成長した自分の変化を書け、なんてものだった。
「確かに大変だよね。私も結構苦戦してるもん。でも自分を見つめなおすっていうのかな、そういうのは大切かなって。来年は受験生だし」
青い空と白い雲がすごく綺麗だっだ。夏の空はどうしてこんなにも綺麗なのだろうか。夏を代表する歌がちらりと頭の中に流れてきた。
「でも、こんなにも綺麗な空を見ちゃうと。宿題なんてほおっておいてどっか行きたくなりますね」
富松くんを見れば彼も私を見ていた。私が笑えば彼も笑う。もしかしたらきっと、同じことを思っているのかもしれない。
汗が流れていても今は気にならなかった。むしろ、幼かった頃汗だくになりながら遊びまわった記憶がよみがえって更に気持ちが高まった。
先輩、と呼ばれて差し出された手を掴んで走り出す。駆けだした先に何があるかなんてわからない。それでも私と彼は駆ける。
苦しくなるまで走って、馬鹿みたいに笑って、その後ジュースでも買って二人で飲もう。少しだけ馬鹿みたいな事をして、楽しかったと言える夏休みがあってもいいと思うのだ。
夏休みとは「 」だ。(夏休み企画)
20130214 加筆
20150510 修正