小説
※(学校行事での)女装描写あり。学校行事における捏造あり。





 スカートから覗く筋肉のついた足――烏野高校の黒いスカートからのびる白い足はよく目立っていた。
 ブレザーと赤いリボンの上半身は比較的かわいいとなと名前は思った。けれど下半身はスカートに慣れていないせいか少々蟹股で、筋肉のついたたくましい男の子の足にしか見えなかった。

「菅原くん、似合ってるけど似合ってないね」
「おい、全く似合ってないだろ」

 去年の文化祭で菅原は女装をした。菅原だけでなく、彼のクラスの男子は女装をし、女子は男装をした出し物は案外盛り上がったようだった。
 名前は部活の出し物の方につきっきりで他クラスを回ることが出来なかったが、菅原のクラスがそういう出し物をしたことは覚えていた。

「なんで今更、こんなの持ってるかなぁ」
「昨日やってたバラエティ番組でアイドルが女装してて、それが可愛くて。そういえば去年菅原くんもしてたなぁって思い出して」

 潔子ちゃんに写真撮っていたか聞いたんだと名前が言えば、菅原は肩を落として名前を見た。

「本人の前で見るのはどうかと思う」
「逆にこそこそ見るのはどうかと思って」
「いいよ別に、勝手に笑ってればよかったんだよ」
「なんか、荒んでるね」
「当たり前だべ」

 本気で嫌だったならごめんと言えば、困った顔をした菅原に名前は焦ってしまった。からかうつもりは毛頭なかった。ただ純粋に、見たかったのだ。
 名前は去年、部活動に関していえば充実した文化祭を過ごした。しかし、部活の方に全力を注いだうえに、クラスの方の手伝いもあったため、他の出し物を見ることができなかったことを残念に思う気持ちがあったのも事実だった。
 文化祭の片付けの際に他クラスの話を聞くだけだった名前は、他クラスの出し物について語って盛り上がっていた友人を羨ましいと思ったことを今でも覚えている。

「ごめん、恥ずかしいよね。女子が男装しても特別恥ずかしいことはないけど、男子はスカートなんて履きなれてないもんね」
「ああー。まぁ、うん。皆でやったことだから、嫌で仕方がないとかじゃなくて、普通に恥ずかしいってやつだから、名字がそんな謝ることじゃなくて……」

 昼休みに彼の机を挟んで、何をしているのだろうと自分のことながら名前は思った。
 クラスメイトが自由に過ごしている中、菅原と名前は机を挟んで座っているが、今は会話も無く自分の手を触ったり視線を動かすだけだった。傍から見たら不思議な光景だが、今二人を気にする人間は誰ひとりいない。

「そういう格好してるのじゃなくて、ちゃんとしたやつ見てほしいって、思う」

 菅原は少し拗ねたような声で言う。名前が机に乗せていた手に触れ、すっと軽く撫でると次に指を絡めてきた。
 突然の行動に驚いて何も声が出ない名前の様子を伺うように菅原は見たが、決して手を放すことはなかった。

 今までにも、こういうことがあった。
 名前は菅原を真面目な性格だと思っている。一生懸命で努力家で、頭もいい。そんな菅原が学校で、そして周りに生徒がいるのにも関わらず触れてくるのだ。友達では考えられない触れ方で、頭を撫でてくる時、指に触れられる時、名前はいつだって心臓が爆発してしまうのではないかと心配になる。今までに菅原は何度かそういうことをしてきたが、決して他の生徒に気付かれたことがなかった。だから今もこうしてそっと触れてきているのだろう。

 名前は菅原に可愛いなと言われたことがある。
 好きだと、言われたこともある。それに対して名前は顔を赤らめて答えた。同じ気持ちであることは伝わっているのだろう。けれども付き合おうという言葉は互いに出てこなかった。

 連絡先を知っていても、連日連絡を取ることはない。休日に一緒に出掛けたこともなかった。
 言われたあの言葉は、夢の中での出来事だったのかもしれない。そう何度も名前は思った。けれども、そう思う度に、菅原は嘘じゃないと言うようなタイミングで優しく触れてくるのだった。
 名前はそれをひどいとは思わず、むしろ有り難いと思った。菅原のことは好きだが、付き合うとなると心の準備がまだ出来ていなかった。
 もう高校生なのに……そうは思うも、今までに一度も彼氏が出来たことのなかった名前には彼氏彼女という関係が自分にはほど遠くにあるものに思えたのだ。


 女子用の制服を着ていた菅原の写真を見て、名前は可愛いと思った。けれども今目の前にいる菅原を可愛いとは思えない。彼は男の子――いや、目の前にいるのは男の人だ。

「菅原くんはいつも、かっこいいよ」

 女装した姿は、確かに可愛いと思った。けれども菅原のことはいつだってかっこいいと名前は思っている。名前がそれを伝えると、菅原は名前に触れていない方の手で口元を隠し照れくさそうにして視線を外した。しかし触れあって、絡んでいた指は、より深く求めるようにしっかりと名前の指に絡まれる。

 好きだよ、そう普段よりも低くかすれた菅原の声がした。今までに聞いたことのない、胸を締め付けられるような声だった。
 その声を聞いた時、はじめて名前は先にあると思っていた関係を身近に感じることが出来たのだった。

title by サンタナインの街角で
20160902
20170914修正
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