小説
綾部「壊されて、壊した」の日の浦風藤内


 異性として好きだった女性が、自分の委員会の先輩を好きだということを知っていた。そしてそれが、お互いに想い合っているということも。

 その人は、いつも級友の数馬を一緒に助けてくれる笑った顔が素敵な人だ。
 彼女の笑顔は立花先輩が女装をした時に見せるような、立花先輩が男だとわかっていてもどきりとするような綺麗で艶のあるようなものではない。
 彼女の笑い方はもしかしたら女性としての作法のある笑い方ではないのかもしれない。目を細く線のようにして、歯を見せて子供のように笑うのだ。あまり好きではない女装の授業で教わった顔の作り方とは違う。七松先輩のような豪快というか、野性的とかそういう言葉も似合わない。綺麗な女性というのではなく、素直な自然なままで接してくれる女性なんだと最近気付いた。

 立花先輩は困ったような顔をして、綾部先輩と彼女――名字先輩を見ることが多々あった。
 綾部先輩といる名字先輩の笑顔は、頬を赤らめて嬉しそうに笑う。
 いつも助けてくれる先輩の笑顔も好きだけど、綾部先輩といる時の先輩の表情も、とても心惹かれるものだ。
 この恋心は、例え誰かに気付かれなくてもいいものだし、本人に伝えなくてもいいものだと思っている。あの二人には良い方向にいってほしいと切に願うほどだ。


 涙を流しながらで歩いている先輩を見た時は、綾部先輩の顔を思い出した。
 辺りを見渡せば、髪に泥がついているのもお構いなしに穴を掘ろうとしている綾部先輩がいる。
 急いで綾部先輩の下へ駆け寄って、名字先輩が泣いていましたよと言うと何故か頬が赤く腫れあがっている綾部先輩が眉を下げて泣きそうな顔をしていた。綾部先輩は僕の頭を優しく撫でて名字先輩の後を追うように普段よりも少しだけ寂しそうな背中を見せながら歩いて行った。

 どうかどうか、あの二人には優しくて温かい二人でいてほしいのだ。また明日、あの二人の笑う姿が見れたらいいと、そう願って自室に戻る。

 僕が名字先輩の涙をぬぐうことは一生無いのだろう。



20161016 再修正
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