小説
 友人の玉木真一には小田切寧々さんと親しい仲になっているという噂が最近流れている。親しい仲という言葉がどこまでの意味を表現しているかはわからないが、私は羨ましかった。

「小田切さんと仲がいいって聞きました」
「そうですか」
「私も仲良くなりたいです」
「そうですか」
「紹介してください」
「嫌です」

 図書室のソファで一人本を読んでいた玉木を見つけ、ソファーの上に土下座しながらそうお願いをした。

「そんなの女子同士なんだから自分から声かけなよめんどくさい」
「でも急に関わりの全く無い子から友達になりたいって言われたら引かない? もし私が玉木に友達になってくださいって言ったら引くでしょ?」
「僕はもう名字くんと友達だからわからないな」
「もしも友達じゃなかったらの話。……玉木いいなぁ。小田切さんいいにおいしそう」
「名字くん、におい嗅ぐために友達になるのかい? それは引く」
「ち、違うよ。というかこの前、男はみんな下心持ってるからとか言ったむっつりには言われたくない」

 私がそう言った後、こんこんと軽くドアをノックする音が聞えた。突然のことに驚き音の出所である入口へと視線を動かすと今話題の中心となっていた小田切さんが困った顔をして立っていた。図書室のドアは中に人がいるとわかるように開けっぱなしにしておいたので、彼女は私たちの会話を止めさせるためにドアを叩いたのかもしれない。……あぁ、これは確実に聞かれた。

「山田が探してたわ。なんで私が貴方を探さなきゃいけないのかしら」
 玉木の方へ視線を向けると玉木も困ったような顔をしていた。私はなんだか少し、悪いことをしたような気になる。
「わかった。今行く」
 玉木は読んでいた本を閉じ立ちあがる。そして私の頭を撫でてから小さな声で私に話しかけてきた。
「今、彼女に話してごらん。彼女は世話焼きな部分があるんだ。名字くんのこと、きっと好きになってくれる」
 優しい顔に優しい声で、玉木は私にそう言った。玉木はいつも、最後には優しく手を差し伸べてくれる男の子だ。小さく頷いて私は勢いよく立ちあがった。握りこぶしを作り、急にドキドキとうるさくなってきた心臓に構うことなく、ずんずんと彼女の元へと歩く。今までに一度も告白なんてしたことがなかったけれど、世の男の子や女の子はこんな気持ちになっていたのだろうか。まぁ、そういう告白ではないのだけど。

「お、小田切さん。も、もしも良かったら、お友達になってください」
 頭を下げて手を差し出す。目の前に彼女がいるというだけで緊張して本当に告白みたいな発言をしてしまっていることに頭を下げて自分の上履きを見てから気付いた。
「えっ、ええ……。まぁ、いいけど」
 手に触れた柔らかい感触に、ああ私は彼女と握手をしているんだと理解した。そして彼女の声のトーンから確実に引かれていることにも気付いた。しかし私は今、とても幸せな気分でいっぱいだった。

「あっ、小田切さんと友達になるにはキスをしなくちゃいけないって噂本当?」
「なっ、何いってるのかしら」

 玉木に頭を叩かれた。さっきまで優しかったのにひどい。

   ○

 小田切さんが生徒会の話は三十分もかからないと言ったため図書室で玉木を待っていていると、彼女が言っていた通り二十分程で彼は戻ってきた。

「名字くんは噂に惑わされすぎだ」
「そうかなぁ。現場を見たって言われてるのを聞いててっきり……」
「そんなことになってたら、うちの学校の風紀悪すぎるだろう」
「でもそういう年頃だしさぁ。前もなかったっけ、キスしようとする生徒がいるって張り紙。あれ見てうちの学校やばいなって思ったよ」
「ま、まぁ、確かに……。しかし、普通はそんな簡単にキスなんてしないだろ」
「それは、玉木も?」
 私がそう言うと、急に彼は黙ってしまった。

 友達が教えてくれた噂は二つあった。
 一つは小田切さんのことで、玉木と小田切さんが随分と仲が良いらしいのだ。
 以前から小田切さんと話してみたいと彼に言っていたため、その噂を聞かされとても驚いた。彼の口からはそんな話を聞いたことがなかったからだ。生徒会関係で親しくなったのかもしれないが、教えてくれてもよかったのにと私は少しショックをうけた。
 二つ目が、玉木が学校内でキスをしていたというもの。この学校で一番玉木と仲の良い女子生徒は私だと思っていた。寂しがり屋なくせに「一人が好きだ」というオーラを出す玉木につっかかるのは私くらいだったからだ。中学の頃から私たちは仲が良かった。私も読書は好きだったし、彼のお節介も嬉しかった。キスをする、ということは彼女かそれに値する女の子がいるということではないのだろうか。火の無い所に煙は立たないというではないか。どうして、言ってくれなかったのだろう。

「言ったら、軽蔑しそうだ」
「それって答えを言ってるようなものじゃん」
「そうだね。言っただろう。男はみんなそういう生き物なんだよ」

 ぽつぽつと窓ガラスを叩く音がした。灰色の空からごろごろと音がする。窓ガラスには雨粒が見えた。折り畳み傘はロッカーにあっただろうか。

「うん。したことあるよ」

 雨が降っている。折り畳み傘では心もとない量の雨である。

title by 魔女のおはなし
20150628
20210728修正
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