小説
 体育の授業で、他のクラスの女の子が「月島くんって、ちょっと言葉がきつい所もあるけど王子様みたい」と言っていたのを覚えている。確かに背も高いし色素の薄い髪、整った顔なんかを見ると童話の王子様みたいな雰囲気を持っているかもしれない。

 しかし私には、彼とよく行動を共にする山口くんの方が王子様に思えた。これを一度仲の良い友人に伝えたところ少しだけ困ったような顔をされた。「彼が悪いわけでもないし、名前が悪いわけでもないけど、王子様だって言うならどっちかといったら月島くんじゃないの?」と言われた。


 四月の終わり頃。まだ慣れない学校生活と交友関係で少し疲れていた。特別何かあったわけではないが、体調があまり良くない日が続いて教室で一人で静かにしていることの方が多かった。
 そんな時、山口くんが話しかけてくれたのだ。チョコレートのお菓子を一つくれた山口くんは「おせっかいかもしれないけど。もし疲れてるなら甘いものを食べな」と言って照れくさそうに笑って部活へ行った。山口くんと話したのはそれが初めてだったし、どうしてそんなことをしてくれるのかは全くわからなかったけれど、私は静かな廊下で泣いてしまった。山口くんはとても優しい男の子だ。触れた手の感触が忘れられなかった。照れくさそうに笑った顔をまた見たいと思った。彼を好きになったのだ。

 だんだんと環境にも慣れ、友人も増えた。部活も充実しているし勉強も、まあそれなりに頑張っている。
 それから時々山口くんは放課後にチョコレートをくれる。まるで二人きりの秘密のように、それは決まって誰もいない時にする。一度月島くんはこのことを知っているのか山口くんに聞いたことがある。すると彼は不思議そうに首を傾げて知らないよと言った。本当に本当に、彼と二人きりの秘密のようで、嬉しかった。

 私も、それからお菓子を鞄に入れておくようになった。クッキーはわれてしまうかもしれないから、可愛い飴玉にしている。少しでも山口くんに可愛いと思われたくて、見た目も味もいいものを時間をかけて選んでいるのは内緒だ。
 お菓子交換といったらいいのかわからないけど、夏服を着るようになった頃は、二人きりの秘密以外でも会話をすることが多くなった。山口くんとの距離は少しずつではあるが変化しているように思う。時々月島くんは不思議そうな顔をして私たちを見ることがある。山口くんは月島くんをとても尊敬していて普段話すことも月島くんの話題が多いから、そういう月島くんの視線を感じるとすごく嬉しくなる。私は山口くんを好きになってから月島くんに嫉妬していたからだ。きっと月島くんからしたらどうでもいいことなんだろうけど。


 山口くんは、まるで童話の中の王子様だった。山口くんはまだ私が小さくて、本当に白馬に乗った王子様がいると信じていたあの頃に夢見ていた、優しい王子様のように見えた。誰かが悲しんでいる時に手を差し伸べてくれるような心優しい王子様。自分がお姫様という柄ではないことはわかってはいるが、山口くんにふさわしい女の子になりたかった。優しくて可愛い女の子に。

「ずっと不思議だったんだけど、一度も話したことないのにどうして話しかけてくれたの?」
「いや、あのさ。ずっと話してみたかったんだ。名字が一人でいたのを見て、もう無意識っていうかなんていうか。もうここしかないって思ったよ。チョコレートもね、偶然持ってたんだ」

「あの時の俺変じゃなかった?」と照れくさそうに頬をかきながら問う山口くんを見て、自分の頬があつくなっていることに気付く。

「あの時、山口くんが声をかけてくれて本当に嬉しかったんだよ」


 山口くんに私はどう見えているのだろうか。お姫様なんて、やっぱりそんな柄ではないけれど、少しでも可愛く見えてるだろうか。私が山口くんの笑った顔を見ると嬉しくて、話しかけてもらえると心臓がうるさくなって、それでもずっと話していたいと思うように、山口くんも私に対してそう思う時があるのだろうか。もしそうなら、私はなんて幸せものだろう。
 そう、私は別にお姫様になりたいわけではない。お姫様になんかならなくていいのだ。私は王子様が好きなのではなく、山口くんが好きなのだから。


チョコレートの王子様

シネマ様に提出させていただきました。
素敵な企画をありがとうございます。

20140906
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