小説
「左門、行くよ」
「はい」

 そう元気よく反応してくれる後輩の神崎左門は口を大きく開けて笑った。彼がすぐ飛びだして逃げていかないように腰にはお互いを縄で結い、手を繋いだ。左門の目を見ながらゆっくり歩いてついてきてねと言えばもう一度大きな声ではいと答えた。

「左門、先輩を困らせてはいけないんだよ」
「はい、それは十分承知しています」
「ならどうして自分一人で行ってしまったの」
「気持ちが先走っていました」

 学園長にお使いを頼まれた。
 すぐ近くを走っていた左門と一緒に行きなさいと言われ仕度をして学園の門を出たのはまだお昼前だった気がする。学園長からの頼まれごとは既に終わっているが学園に戻れるのは日が暮れてからになりそうだと少しため息をつくと左門はすみませんと謝った。

「ごめん、ため息なんかして。私が悪いのだから左門は謝らないで」
「どうしてですか、私が……」
「左門の性格知ってて私がちゃんと対応していなかったんだ。私が悪い。私は先輩なんだから」

 そう言うと、左門は少しだけ笑って、なら先輩も笑ってくださいと言った。
 左門とお使いに出るのはこれで十回は超えた。毎回帰りは遅くなるが怪我をすることは一回もなかった。着物も汚れることが少なく彼の級友の富松くんには不思議な顔をされたことが度々ある。
 門を出る時も入る時も、必ず手を繋いでただいまと言うのが決まりだ。左門はとても可愛い子だ。いつも私の手をぎゅっ握って隣りを歩く。左門と名前を呼ぶと必ずなんですか先輩ときらきらした目が私を見ている。

「いつだって先輩は頼りになるけれど、私を導いてくれる先輩の手は女の人のものなんだって最近気付いたんです」
「どうしたのいきなり」
「将来、私が先輩を導いていきたいと、それが難しくても守ってさしあげたいと思いました」
「それは頼もしい。待っているよ」

 星がきらきらと輝いて、月に照らされた夜桜が本当に綺麗な帰り道。
 手を繋いで学園の門に入りただいまと言った後、解かれてしまう彼の手のことを思うと少し寂しく思った。

20130321
20150402 修正
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