小説
※大人設定
いつの間にか連絡を取らなくなってしまった友人がちらほらといて、久しぶりにメールが届いたと思えばアドレスを変更したことを知らせるメールだったり。でも考えてみれば、その連絡がくるだけまだいい方かもしれない。
だから驚いた。急に連絡してきた上に、会おうなんて言ってきたのだから。
「やぁ、ちゃんと来てくれたんだね」
待ち合わせとして指定された喫茶店。こじんまりとして少しだけ聞こえるラジオの音は学生の時はあまり好きではなかったけれど、今はそれが懐かしいと感じる。
彼がここを知っているとは思わなかった。特別おいしいものが出るお店ではない。普通のコーヒーに、普通のケーキが出てくるお店だ。私はこういう素朴な味が好きなのだが……。
そう、私は好きだ。しかし彼には似合わない場所だと思う。
ちらりと彼を見ると、笑っていた。
相変わらずのようだ。何年も会っていないせいか、知らない人とお茶しているように感じてしまう。あの時はしていなかったメガネに、褒めたくないのに褒めざるを得ないくらい彼に似合っているスーツ。
「ずっと言いたかったことがあったんだ。忘れ物、みたいなものかな」
「数年ぶりの再会で私は貴方を初めて会う人のように感じるのだけど、貴方はそうでもないみたいだね」
そんな他人行儀にならないでよと少し困ったように言う彼。その困った表情すら様になる。
「名前ちゃんのことはここに入ってすぐ見つけられた。でも、君はすごく綺麗になったね。それでもやっぱり名前ちゃんを見つけられたのは……」
知らない間にクラシック音楽が流れていた。クリシックなんて、昔は決して流れなかった。いつの間にかここのマスターの趣味は変わったのだろうか。
音楽が変わるだけで学生の時に来ていた馴染みのあるこの喫茶店が、あの時とは違った場所のように思えた。古い写真も、もう動かない時計も、あの時のままなのに、不思議とそれっぽいアンティークのように見えてしまう。目の前にいる彼に似合うもののように見えてしまう。
窓の外はまだ明るくて、自転車のベルを面白そうに鳴らし続ける小学生や、頬を染めて横に並ぶカップルなどが見える。なんて平和で、そして微笑ましいものだろう。
学生だった頃の私も、あんな感じだっただろうか。
目の前にいる彼と皆でサッカーをした後、二人で並んで帰った私は、あの可愛いカップルのようであったのだろうか。
「名前ちゃんのことが好きだからだよ。ずっとずっと言いたかったんだ」
彼がこの場所を選んだのは、彼がここを好きだからとかではなくて私が好きなのを知っていたからなのだろうか。
いつから好きなのかだとか、なんで今言うのかとか、彼に聞いても曖昧にされてしまいそうだ。
ただ本当に優しく笑う彼――ヒロトの表情に久しぶりに胸がきゅっと締め付けられたことは紛れもない事実だった。
title by 魔女のおはなし
20150402 修正