小説
 本丸で年を越すのも慣れたものだ。年越しのタイミングで一緒にテレビを見ていた男士に年始の挨拶をして、友達から送られてきたメッセージに返事をする。実家にいた時のように寛ぎながら男士と話していれば次第に眠たくなり、自室へと戻る。
 目が覚めたら多くの男士がとっくに起きている時間で、のそのそと部屋を出て食堂へと向かう。途中、みんなで初日の出を見に行ったという江に絡まれた後、目的地に辿り着けば既に良い匂いが立ち込めているが、まずは今年最初の仕事をしなければと準備を進めている男士にあけましておめでとうと簡単に挨拶をしつつ、食堂の奥へと足を進めた。

 本丸の食堂の奥には棚が置いてあり、その棚にはスリムタイプのファイルボックスが収納されている。中身が見えるクリアタイプのもので、ファイルボックスには見てすぐわかるように手前側に男士の名と紋が書かれている。顕現順に並べられたそのボックスはポストの役割があり、手紙だったり物を入れるために用意したものである。
 私は頻繁に使うことはないものの、料理当番に食べたい献立を書いたメモを入れたり、貸し借りしている本のやり取りに使っている男士もいるみたいだ。
 そのボックスに書かれた名を確認して、私は手に持っていたポストカードを一枚ずつボックスへと入れていく。昨日までに書き終えたカードには男士それぞれに向けたメッセージが書いてあって、所謂年賀状代わりをしているのだ。

「――と、これで最後かな」

 毎年必ず書いているそれを男士も案外楽しんでくれているようで、午後に大広間で行われる全振りが集合する年始の挨拶までには男士からの「年賀状」が届くのだ。
 既にソワソワとした様子で背後に立っている秋田藤四郎と包丁藤四郎に「どうぞ」と言ってボックスの前からどけば、頬を染めて嬉しそうにする二振りがわーいと両手を上げた。チラチラとボックスを見ながらも「俺ももう書いたぞ」と言って包丁が飴玉が書かれた封筒を差し出してきて、そんな包丁の姿を見ながら目を細めて笑う秋田も「主君、受け取ってください」と、彼の瞳の色に似た青い封筒をそっと差し出す。お礼を言ってからそれぞれから封筒を受け取れば、二振りは顔を見合わせてにぃと笑った。
 男士の「年賀状」は様々で、予め手紙を用意していた秋田や包丁のような男士もいるのだが、大抵は私のものへの返事が多かった。私のようにポストカードで返事をしてくれる男士や、同じ本丸で生活しているのに年賀状を購入してわざわざポストに投函する男士、返事が文章ではなく和歌な男士もいたりする。個性が違う「年賀状」を見るのが楽しくて、師走は忙しい時期ではあるものの、準備だけは欠かすことがなかった。

 元旦の仕事を一つ終えた私は、最後に自分のボックスを確認する。
 政府からの手紙は直接私に届くようにしているためこのボックスに何か入っていることは滅多にないのだが、それでも時々男士から可愛らしい手紙だったり贈り物があったりする。「年賀状」のお返しも、直接渡してくれる男士以外は例年仕事部屋の机に置かれているので今までお正月に何か入っていることはなかった。
 まあ、ないだろうなと思いながらも毎日の癖で確認すれば、驚いたことに二つに折られた紙が入っている。何だろうと思いながらボックスを軽く引き出せば、たった一枚「裏門にて、待つ」という一言のみ書かれたメモ用紙が。
 文字を見て、おぉと少し驚く。まさかお正月早々、彼に呼び出されるとは思ってもいなかったのだ。

   〇

「もっと自信を持て!」

 それは、本丸に大包平を迎えて一ヶ月経った頃に言われた言葉だ。少し怒ったような、けれども嫌悪は少しも入っていないようなそんな声は、大包平が決して私を責めて言っているのではないことを表しているようだった。
 その時の私は失敗が続き、自分が嫌になっていた。失敗したことをぐだぐだ考えてしまうのも良くないと理解しつつも頭の中はそのことばかり。終わったことは仕方ない、という思考にはいかなかった。そんな時、大包平が言ったのだ。自信を持て、と。

 それは、本当に突然のことだった。
 仕事をしている最中に部屋の襖が勢いよく滑って開かれ、大包平が現れたのだ。そして彼は腕を組んで、胸を張って先の言葉を言った。「この俺が、主と認めたのだから!」と言った彼はその日の近侍ではなかったし、出陣の予定もなかったので用事なんてないはずで、本当に突然の登場だった。
 一緒に仕事をしていた山姥切国広は動揺して持っていたボールペンを落とし、私は予想外の登場をした大包平を見て口に出たのが「足なっが!!」という意味のわからないものだった――といえば、その動揺が伝わるだろうか。

 驚きながらもどうしたのかと話を聞けば、どうやら鶯丸と話をしている時に私の話になったらしい。
 昨日今日と審神者に活力がないと大包平が言ったら、じゃあ声を掛けてやればいいとお茶を飲みながら鶯丸が言ったのだそうだ。鶯丸に言われてそれを実行した大包平に驚きつつも、私は素直に嬉しかった。礼を言えば大包平はフンと鼻を鳴らし、礼を言われるほどのことでもないと言いながらも彼の口の端が上がっており、嬉しそうに見えた。
 それから大包平は、私がへこんでいるとどこからかやってくるようになった。そうして彼は必ず胸を張って、大きな声で私の背中を押す言葉を掛けてくるのだ。そして大包平から声を掛けられると、私はその言葉通り、前向きになれた。


 裏門にて、待つ。
 そのメモを持って、おせちを食べる前に急いで食堂を出た。コートを羽織り、マフラーも忘れずに。
 大包平を迎えてそれなりに年数が経っているため、彼の筆跡は見ればすぐにわかる。力強く、字は少し大きめ。ちょっと右上がりで癖は確かにあるけれども、彼は綺麗な字を書くのだ。

 大包平がこのメモを入れてから、どのくらい時間が経ったのかわからないけれど、どうして屋内でなく裏門での待ち合わせなのだろう。
 彼は今まで私に声を掛けてくることはあっても、こうして「待っている」ことはなかった。そもそも、最近は公私共に失敗することが減ったのでへこむことすら少なくなっていたのだ。だから彼と話しをすることも以前と比べたらずっと減っていた。呼び出される場所も、その理由も検討がつかない。だから、新年早々驚いている。

 外へ出て少し、裏門が見えれば大包平の赤い髪も一緒に見える。どうやら今日の彼は軽装姿のようで、大包平の名を呼んで門へと駆けていけば、彼もこちらに向かって歩み寄ってくる。

「名前、あけましておめでとう。今年も宜しく頼む」
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

 いろんなところで口にしていた言葉ではあるものの、大包平に言うのは初めてなのだと気付いて彼に倣って頭を下げる。大包平の鼻の頭と耳の辺りが少し赤く染まっている。もしかして、ずっとここにいたのだろうか……?

「……それにしても大包平、どうしたの? 何かあった?」

 予想がつかずに早速切り出せば、大包平は口の片方を上げ、フンと鼻を鳴らした。よくぞ聞いてくれた、と言った風だ。

「先ほど、鶯丸と初詣に行ってきた。その帰りに買った。使ってくれ」

 初詣に行ったから軽装姿なのか、と納得していたら大包平はぐっと手を差し出してきた。見れば、彼の右手には簪が乗っかっている。赤い花と赤い実の簪で、飾りはあまり大きいものではないので使い勝手が良さそうだ。驚いて「えっ!?」と声を上げれば、大包平は「出店で売っていたので贈答用に包んでもらうことは叶わなかった。そこは惜しいが……どうだ、良いものだろう」と真剣だ。

「ど、どうして?」
「名前に似合うと思った。赤い実は南天だから縁起が良いし、花の色も赤で統一しているのも良いだろう」
「う、うん。すごい素敵……」

 それに名前は必ず着物で初詣に行くだろうと言う大包平は、少し楽しそうに顎をあげてこちらを見る。
 確かにこの後おせちを食べたら篭手切江に着付けてもらう予定がある。差し出された簪はそれにぴったりで、大包平のセンスは流石だと思う。だけど、それでも謎は謎だ。どうしてと思う気持ちは未だに胸を占めている。

「それにしても、この時期に外に呼び出したのは悪かった。いつも俺の方から声を掛けるから、お前を待ってみたかったんだが……それで名前が風邪を引いたら元も子もない」
「ううん、これくらい平気。けど、どうして裏門を待ち合わせに指定したの? 大包平と裏門って、あんまり結びつかないというか……」
「……前に年賀状で、ここから見る本丸の景色が好きだとお前が書いていただろう。だから待っている間、お前がどんな気持ちでこの本丸を見ているのかを知ろうと思った。だが……そもそも俺は待つのはあまり得意じゃないらしい」

 私の質問に答える大包平は少し眉を寄せている。視線を外した大包平は少しの間の後、小さく息を吐いてからしっかりと目を合わせてきた。力強い彼の瞳はいつもと同じ色をしているのはずなのに、なんだか少し違うように見えるのはどうしてだろう。じっと見つめられると恥ずかしいような気になってきた。
 何も言うでもなく見つめてくる大包平は、私の手を取って可愛らしい簪を私の手に握らせてそのまま歩き出す。

「腹が減ったな」
「……うん」
「早く食堂に行こう。料理もそうだが、名前からの年賀状も楽しみだ」

 今日の大包平はいつもと少し違う。彼は元来無口というわけではないけれど、いつもより少しおしゃべりで、けれども普段よりも声量は控えめなのだ。
 先ほどじっとこちらを見ていた大包平の瞳も、声量が控えられた優しい声も、贈られた簪も、特別な想いの込められたもののように思えた。勘違いだろうか。けれども大包平という刀剣男士が、そんな勘違いを私にさせるだろうか……?
 しないような、そんな気がするのだ。私の知る大包平は。

 大包平の足は長い。私を引っ張る腕も長くて握っている手も大きい。けど、早く食堂に行こうと言った彼の歩く速度は思っていたよりもゆっくりで、引っ張る腕の力も繋がれている手の強さも、どちらも強引とは程遠い優しいものだ。
 だから、少しだけ勇気を出して大包平の隣を歩いてみる。こっそりと大包平を見上げれば、優しそうに細められた綺麗な瞳がこちらを見ていた。

20220101
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