小説
 クリスマスという言葉を聞くと、ちょっと胸がときめくような気持ちになる。
 中学の時は学校帰りにあるお家の豪華なイルミネーションを毎年楽しみにしていたし、クリスマスソングを聞けばテンションが上がる。この時期のお店のディスプレイは特別な感じがして好きだし、子どもの頃はサンタさんからのクリスマスプレゼントに喜んではしゃいだこともある。けど、きっとそういうのは私だけじゃないはずだ。
 今年のクリスマスも、寮の皆でパーティーをすると決めてからずっと楽しみで仕方がなかった。
 お菓子作りが得意な友達と一緒にケーキを作ろうと計画していて、夜はプレゼント交換の予定もある。クリスマスパーティーというご褒美があるから苦手な授業も頑張れたくらい。けど、そんなクリスマス当日にまさかの、クラスメイトの心操くんとキスする夢を見てしまったのだ……!!


 心操人使くんは雄英に入学して出会った男の子で、来年にはヒーロー科に転科する予定のクラスメイトだ。
 寮で生活するようになってからはそれまで以上に会話をするようになって仲良くなったけれど、多分互いに「ただのクラスメイト」で、それ以上でもそれ以下でもなかったはずなのだ。

 普通科といえども、雄英である。進みが早くて内容的にもハードでキツイ。
 雄英生になりたかった私は小学校の頃からずっと勉強一筋で、高校に入ってもその生活を変えることはなかった――というよりも、勉強することが習慣になっていたので変えようと思っても出来なかったというのが本音だ。
 他の高校に進学した友達が恋人を作って楽しんでいることは知りつつも、私は雄英で勉強して、仲が良い友達と遊んでいるだけでも楽しくて、満足だった。自分のことながら、充実した高校生活を送っているなぁと思っているくらいに。
 好きな人がいたら、欲が出て恋人になりたいと思うのだろうか。時々そんなことを思ったりもするものの、別に今はいいかなぁと思っていた。好きな人なんていなくて、そもそも、好きな人なんて出来たこともなかったのだ。

 今日の今日まで、心操くんはただのクラスメイトだった。会えば挨拶をして、席が空いていれば隣で食事を取るような間柄。同じ寮で過ごしているからパジャマ姿を見られたり、寝癖がついているところを見られたこともある。
 昨日まではそれが平気だったのに、今は何故か、それがすごく恥ずかしいことのように思ってしまう。

 心操くんとキスをする夢を見た。クリスマスという、寮でパーティーをする日に。
 夢の中の心操くんは優しくて、大切なものに触れるように頬に触れてきて、そうしてそっと唇を寄せたのだ。どこか知らない部屋の中で、二人用のソファに隣同士で足がくっついているのも平気だというように座っていた。夢の中の私はそれをなんでもないように受け入れていたのでより衝撃が大きかった。なんて夢を見てしまったんだろうと思いながらも、今日はずっとそのことばかり考えてしまっている。
 朝から正直、心操くんの声が聞こえるたびに心臓は破裂しそうだった。寮の飾り付けをしている最中も、声が聞こえたらそれとなくその場を離れ、なんとか過ごしてきたものの、こういう時に限って――というのはお約束なのだろうか。

「隣、名字か」
「あー、心操くん、よ、宜しくね」

 パーティーの時間になり、くじ引きで席を決めることになったら心操くんの隣になってしまった。運が悪いといったら彼に失礼かもしれないけれど、今の私の心臓には大変宜しくない状態である。
 顔が見れない。声を聞くと、夢の中で私のことを下の名で呼ぶ声を思い出してしまう。俯いても、夢の中で優しく触れてきた彼の手が見えてしまう。夢の中を思い出せば胸がきゅうと締め付けられて顔に熱が集まる。
 右側にいる彼を見ないようにすればいいような気がして一瞬体を左に向けたけれど、わざと過ぎるような気がして元に戻した。ちなみに、左側にいるクラスメイトは私とは反対側にいる友達との話に夢中でこっちなんて興味ないようだ。……まあ、それは全然、いいのだけれど。

「……」
「……」

 私が勝手に意識しているだけで、そもそも心操くんは悪くないんだと考えて尚更悪いことをしているようで落ち込む。普段ならなんでもない会話が出来ていない状態で、絶対心操くんは違和感を覚えているに違いない。
 隣の会話に入ろうともしていないのに、体を左に向けたことをきっと心操くんは気付いただろう。多分、嫌な気持ちにさせてしまった。貴方とは話したくありません――なんて表現しているようで、嫌なヤツだと思われた可能性だってある。
 それはなんか、嫌だなと思った。

 彼は、悪くない。だからなんでもないように、ちゃんと目を見て話そうと顔を上げたところで心操くんが「名字」と私の名を呼ぶ。

「これ、名字も作ったんだろ。美味いよ」

 皆に食べてもらうために友達と作ったケーキを食べたらしい心操くんが綺麗になったお皿を机の上に戻しながらそう言った。チラリとこちらを窺う目と合えば、思わず体が跳ねて、視線もあちこちいってしまう。
 けれど――昨日までなんとも思っていなかったけれど、心操くんってこんなにかっこよかったっけ……?

「よ、良かった……ずっと、不安で」
「……そっか」

 返事は変じゃなかっただろうか。どうだろう。多分駄目な気がする。けれどもなんだか心操くんがどんどんかっこよく見えてきて、視線を合わせたら心がどうにかなりそうだった。
 相変わらず心臓はうるさくて、顔は熱い。恥ずかしくて目と目が合わせられないと思うのに、心操くんがどんな顔をしているのか気になってしまう。

「し、心操くん!! 美味しいって、言ってくれてありがとう」

 別にケーキは私だけが作ったわけでもないのだけれど、自分の手柄のような言い方をしてしまったかもしれない。けれども恥ずかしくて、頭は上手く回らなかった。
 それでもなんとか勇気を振り絞って頑張って目を合わせて言えば、心操くんは一瞬驚いた顔をさせたものの「うん」と言って小さく笑ってくれたのだ。

「……!!」

 その表情を見た瞬間、雷が落ちたような衝撃を受ける。
 私、心操くんのことを好きになっちゃったんだって気付いてしまったのだ。

20121224
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