小説
※企画「嫉妬の香りを知っているか?」のその後






 人間、初めての体験には衝撃が付き物である。
 現に私は、クリスマスに好きな漫画のキャラが死んでしまう経験により何も手を付けられなくなってしまっていた。

「……はぁ」

 何度ため息を吐けばいいのだろう。
 そもそも彼はなんで死んでしまったんだろう。
 元々クリスマスなんて関係なく仕事をするつもりで予定を立てていたが、どうも仕事は手につかなかった。呆れた歌仙が私よりも酷いため息を吐いて「もう今日は止めよう」と言ったのは、少し前。

 日付が変わり、発売と同時に電子書籍で新刊を読んだら好きなキャラが死んでしまった。実は前々からフラグがチラチラと見え隠れしていたが、見えないふりをしていたし流石に彼は死なないだろうと甘く見ていたのだ。だって初期から登場していたキャラだし、主人公の兄貴分で作品内でもファンからも人気もあって……と考えたところでふと、だからでは? と気付いてしまった。
 油断していた私が悪かったのだろうか、好きなキャラが死んでしまうのが初めてだからかわからないが、とにかく衝撃がすごい。
 何もしたくない。歴史を守るのは今日は他の審神者に任せることにしよう。今日の私はとにかく無理です。

 本誌を買っていないためネタバレを避けていたが、その結果クリスマスに好きなキャラが死んでしまったのである。本誌にしろ新刊にしろ、好きなキャラが死ぬシーンを見る衝撃は変わらないだろうけれど、クリスマスに味わいたいものではない。出版社はなんでクリスマスに新刊を……と憎むべきでない出版社にすら憎悪の気持ちが生まれてしまう。

 そして、主のくせに役立たずの烙印を押されてしまった私は、厨房の隣の部屋で歌仙がおやつを作っている音を聞きながら寝転がっている。寒い師走の昼過ぎに、炬燵に入りながら。

 炬燵の中で調理音を聞いていると、襖が勢いよく開く。キャラメルの匂いがしてきたなと思ったところで「うおっ、なんだよ名前仕事終わったのか?」と、上から声が降ってきた。
 襖の方へ顔を向ければ、和泉守兼定がこちらを見ている。その背後には大倶利伽羅の姿もあった。組み合わせからして、今日の馬当番である。

「名前はもう、今日は駄目なんだよ」

 和泉守の声が聞こえたのか、姿の見えない歌仙が私の代弁をしてくれる。和泉守は「ったく、なんなんだよ」といつもの具合で長い髪を揺らしながら歌仙のいる隣の厨房へ向かった。暫くして和泉守の「はぁ!? 好きな男が死んだ!?」という大きな声が聞こえたので、どうやら歌仙は私の話を和泉守に伝えたらしい。
 しかし、歌仙は私の状況を本当に理解しているのだろうか。ショックすぎて上手く説明出来た自信はないし、話したことが漫画の話だと伝えていたのかすら覚えていない。
 私が漫画に限らず本を好んで読んでいることは本丸の男士なら誰でも知っているだろうけれど、歌仙に漫画の話をしたことはなかった。彼は――というよりは、本丸の男士は私が好きなキャラのイメージ香水を買ったことも知らないはずだ。

 けど、もう別になんでもいいや。
 訂正するのも面倒で、何もしたくない。頭の中でぐちゃぐちゃ考えれば、一気に面倒になってきた。
 とりあえず、読んだだけでそのままにしていた友人からのメッセージに返事をしなければと炬燵の上に乗っていたスマホを手にしようとしたところで冷たい手に指を捕まれる。

「辛いのか」
「……」

 辛い。悲しい。寂しい。それを、口にするのも体力がいると知った。
 クリスマスに読むべきでなかったなぁと、少し後悔をしたほど。
 新刊に収録された話では、好きなキャラが今までにないくらい良い見せ場を貰って今まで以上に彼を好きになった。彼も、死んでいくことを後悔していなかったようだった。きっと、良い最期だった。
 けど、だからこそ、悲しいのだ。好きになったキャラクターのその後はもう描かれない。今後、彼の過去が回想に描かれる機会はあるかもしれないけれど、彼がもっと大人になった姿は見ることは出来ない。彼は、もう死んでしまったから。

 いつの間にか炬燵の中に入ってきた大倶利伽羅は、先ほど指に絡ませてきた手を離さない。私の手から熱を奪おうとするような冷たい指は、内番が終わった後に冷たい水で手を洗ったせいなのだろう。
 スマホを取ろうとしたのに大倶利伽羅に手を取られてしまったのでそれが出来ず、どうしようかなと考えていると隣から微かに聞こえてくる歌仙と和泉守の話し声が子守歌のように思えてきた。暖かい部屋のせいか、瞼が重くなってくる。寝てしまおうと思っていると、突然大倶利伽羅の囁くような声が降ってきた。

「……早く、元気になれ」

 その声があまりにも優しくて、悲しいと思っていたのに泣けなかった気持ちが漸く溢れたように、少しだけ泣いてしまった。


「今優しくされたら好きになってしまうので止めてください」
「好都合だ」
「ひぇっ」

20211224
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