小説
コスチューム改良を目当てに開発工房やってきたヒーロー科の轟焦凍くんと出会ってから、工房で会う度にコスチューム関係の話をするようになった。そうした時間の合間にとりとめのない話をするようになって、いつからか工房外でも会えば雑談をする程度には親しくなった。
そんな彼と、雄英の敷地内で鉢合わせした。
「あっ……轟くん」
「おお」
今日の雄英は休日にも関わらず賑やかだ。あと一週間もすれば文化祭なので、多くの生徒が忙しく準備をしているのだ。
私もそのうちの一人で、サポート科の生徒としても一大イベントとなる文化祭へ向け、必要な材料を近くのホームセンターに買いにいった帰りだった。クラスメイトが作業している工房まで戻ろうとしたところ、轟くんと数日ぶりに会ったのだけれど……
「名字は……シスターか?」
「轟くんはドラキュラだねぇ」
道のど真ん中で私はシスターの恰好を、轟くんはドラキュラの恰好をした状態で向かい合っている。というのも、私はホームセンターから戻ってすぐ、サポート科の先輩に出合頭個性を掛けられてしまったのだ。轟くんのドラキュラの恰好を見るに、彼もきっと先輩と会ったのだろう。
先輩の個性は「着せ替え」で、作業の息抜きで近くにいる人に個性を掛ける癖があった。開発工房にいるとよく先輩に個性を掛けられるので慣れていたが、普段は他校の制服に「着せ替え」されるだけでこういったコスプレ感の強い衣装にされることはなかった。文化祭の準備でストレスが溜まっているのか、はたまたハロウィンが近いからか。
まあ三十分もすれば個性は解けて元の恰好に戻るので、人があまり通らないところを通って戻ればいいかと思ったところで轟くんと出会ってしまったのだ。
「先輩、本格的だからなぁ」
牙のような犬歯をつけ、髪型も変わっている轟くんを見ながら彼の周りを一周する。自分の恰好のこともあり、彼と鉢合わせしたばかりの時は少し恥ずかしかしい気持ちもあったけれど、轟くんのように顔面が良い男の子のドラキュラ姿は見れば見るほど恥ずかしいと思う気持ちは消え、今のうちに見ておこうという気持ちが湧いてくる。
「轟くん、めちゃくちゃ似合ってるね。後学のために写真撮ってもいいかな?」
「ああ」
了承を得たので、ホームセンターで買った荷物を地面に置いてスマホを取り出す。
いつこの衣装が役立つのかは正直わからないけれど、こういった衣装を見る機会は少ない。先輩の個性は、衣装の構造をちゃんと理解していないと一瞬で元通りになると聞いている。轟くんの衣装も私のこのシスターの衣装も未だこうして元の恰好に戻っていないということを考えると、先輩のすごさを痛感する。
「生地、触ってもいい?」
「おお」
カシャカシャとシャッター音をさせてひたすらに衣装を撮影する私に轟くんは文句を言わない。マントを触ると、見た目通り生地もしっかりしている。テロテロした薄くて安そうなマントではない。個性を掛ける時はこういった布のことも考えなくてはいけないのだろうか。
轟くんの全身を収めるために少し離れて写真を撮る。わかってはいたが、写真は撮らせてくれるけれど棒立ちのままポーズは決めてくれない。まあそりゃそうだと思いながらお礼を言うと、轟くんは少し顔を傾げて「写真、一緒に撮らないのか?」と言う。
「えっ?」
「名字のその服も、撮っておいた方がいいんじゃねぇか?」
そう言われ、私は悩んでしまった。シスターの衣装も、彼のものと同じくらい間近で見る機会は少ない。けれども自分の写真を撮りたいという気持ちにはなれなくて、未だ一枚も写真を撮らずにいた。
「一緒に、写真?」
「ああ」
目に焼き付けるくらいでいいやと思っていた。布の感触と服のサイズ感とか、そういうのがわかればいいやと。
それでも轟くんは、何の疑問も持たないような目で一緒に写真を撮らないのかと言う。ちょっと嬉しい気持ちと、整った顔立ちをしている轟くんと一緒に写真を撮る恐れ多さで迷っていると「こんな機会ねぇだろ」と轟くんは頑なだ。こんな轟くんは珍しいなと思いながら、少しの戸惑いを感じつつ頷いて、恥ずかしくも彼の隣に立つ。
カメラを起動させてインカメラにするも、身長差があるためか上手く互いをカメラに収めることが出来ない。「ちょっと待ってね」と言いながら位置を調整していると、轟くんは「もっと寄った方がいいか?」なんて言ってくる。
「えっ!? ぶ、ぶつかっちゃうし、もう少しで多分入ると思うから……」
「別にぶつかっても構わねぇんだが……」
な、なんでこんなに一緒に写真を撮ろうとするのだろう!?
ハロウィンが好きなんだろうか。普段出来ない恰好に轟くんもテンションが上がってるとか?
それとも私、そんなに写真撮りたそうにしてたのだろうか?
混乱しているうちに轟くんはこちらにぐっと近付いてきて手を伸ばし、シャッターを押す。カシャ、と先ほど何度も耳にした音を心臓の音が掻き消すようだった。
「撮れたな」
「う、うん」
今までになくドキドキして煩い心臓の音が隣にいる轟くんにバレないようにと願いながら今撮った写真を見返す。性能が良いので写真はブレることはなかったが、頬を赤くした私と隣にいる轟くんの写真を見たら思わず「ひぇ〜」と情けない声が出た。人に見せちゃいけない写真が生まれてしまったような気がする……
「可愛いな」
「ご冗談を……すごく恥ずかしいのですが」
スマホを覗き込む轟くんは満足気だ。恥ずかしくて消したいのに、そんなことをしたら勿体ないと思ってしまう。
恥ずかしいと思う気持ちもあるけれど、嬉しくないわけではなかった。ありがとうと轟くんにお礼を言ったところで彼の恰好は雄英の制服に変わっていく。先輩の個性が解けたらしい。「解けちゃったね」と言えば「残念そうに言うんだな」と轟くんは少しおかしそうに笑う。
「そりゃあ、まあ、普段見れないし……」
「まあ、そうか。文化祭の演劇でだってあんな高そうな布使わねぇもんな」
良いように解釈してくれた轟くんの真面目な顔を見ながら頷きながら「じゃあ、そろそろ戻るね」と手を挙げる。
私の方は、個性が解けるのにもう少し時間が掛かりそうだが、教室を出てから一度も連絡もせずにいる今、流石に戻らないとクラスメイトに心配されるだろう。
「気をつけろよ」
「うん。ありがとう」
気をつけろ、という轟くんの言葉になんだかくすぐったいような気持ちになって「工房だから、すぐだよ」と言えば、轟くんは一度視線を外してからちょっと笑って「今なら『本物』が出てきてもおかしくないだろ」と言う。
彼が言っているのがドラキュラであると察しながらも、そんなことを言うとは思わなくて少し驚いた。
「私、今ならシスターだから平気だよ」
「さっきの名字は、俺に吸血されてもおかしくないくらい余裕なかったけどな」
反論することも出来ない事実を突きつけられてしまった。
胸を張りながら言った言葉が途端に恥ずかしいものに思えたが、すぐに轟くん含むA組は入学して間もない頃の授業時間内でヴィランとの戦闘があったことを思い出す。そういった経緯から、雄英内であっても決して安全ではないという意味で言ってきたのだろうか。真意はわからないが、彼の言葉に従うように「気を付ける」と言えば、轟くんは「ああ」と目を細めて頷いた。
別れ際、当日はA組のライブを見に行くねと伝えれば、轟くんは少し嬉しそうな顔をさせて手を挙げる。皆に言っとくと、そう付け加えて。
シスターの衣装である長い裾を踏みつけないように歩いて少しした時に一度振り返れば、轟くんがこちらを見ていた。もしかしたら心配してくれているのだろうか。手を挙げれば、轟くんは振り返してくれた。遠いために彼の表情はわからないけれど、すごく嬉しくて彼の姿が見えなくなるまで何度も振り返って手を振った。
あまり人と会わないように道を選んで工房まで戻れば、先輩の個性が丁度解けた。
戻ってすぐ、数秒間シスターの恰好をしていた私を見て事情を察したらしいクラスメイトはすぐに「先輩に会ったの?」と笑う。もうハロウィンだもんね、と言って。
「それにしても名前ちゃん、シスターの恰好がそんなに嬉しかったの? めちゃくちゃ嬉しそうな顔してるじゃん」
20211027