小説
※合同戦闘訓練後(23巻)の話





「心操人使くんいますか?」

 十二月のとある日、雪がちらつく空の様子を見つつ食堂へ向かう準備をしていると自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
 声が聞こえた教室のドアの方へと視線を向けると、片手を挙げた女の子がこちらに気付いたように「あっ、心操くん」と目を見開く。嬉しそうに顔を綻ばせて笑う女の子の登場に辺りはざわつく。「サポート科の子だ」「えっ、心操?」と囁かれる言葉なんか気にしないのか、なんでもない様子で「お昼一緒しよう!!」とこちらに向かってはにかんだ。
 教室の視線を一気に集める原因を作った女の子は、ここ最近の悩みの種である。


   〇


 他学科の生徒と気軽に話が出来る時間といえばお昼休みに限る。そう思って授業が終わってすぐに教室を飛び出して普通科の教室にいるであろう心操くんを訪ねてみれば、突然の訪問に驚いたらしい彼は「名字さんって行動力がすごいよね」とぽつりと呟きながらも食堂まで一緒に来てくれた。私よりも背の高い心操くんを横目に優しいなぁと思いながら大勢の人が食事をする食堂でちょうど二席の空席を見つけ、席を取ってから列に並んでいると食事中の相澤先生を見つける。

 心操くんと初めて会話をしたのは夏の日の職員室で、同じタイミングで相澤先生に声を掛けたのが始まりだった。
 体育祭の記憶が新しい私は、相澤先生そっちのけで試合の感想を伝えて心操くんを困らせ、本来話しがしたかった相澤先生からは「名字、入学時はもう少し落ち着いてただろ」と注意を受けてしまったのだ。よく考えれば、私は心操くんに困った顔ばかりさせてしまっていると気付いて申し訳なくなってきた。
 夏の入寮後まもなく相澤先生と捕縛布の訓練していた心操くんと再会し、事情を聞いてすぐに心操くんへのアタックを始めた。そしてつい先日、ヒーロー科への編入がほぼ決まったと聞いたのでここ最近は毎日のように彼に会いに来ていた。
 心操くんがヒーロー科に編入するなら来年の春からコスチュームが必要になる。彼の個性、活動をサポートするアイテムも必要になってくるかもしれない。じゃあ、自分のアイデアを使ってもらえるんじゃないか。希望を見つけて黙っていられるサポート科がいるのか、いやいない!! そんな気持ちで心操くんに会いに行ってコスチューム案を出すも、毎回惨敗しているのが現実だ。

「前回はアイテムにボツを食らったので、コスチュームについての提案になります」

 料理を席まで持っていき、向かい合わせに座ること数秒、トレーに乗った出来立てのオムライスを見て生唾を飲み込んでから心操くんに話しかければ「いや、食べようよ」と言われてしまう。確かに冷めないうちに食べるべきだと手を合わせて「いただきます」と口にすれば心操くんも同じように手を合わせる。
 オムライスを一口食べてから「コスチュームはさ、ジャケットをリバーシブルにして、場面に応じて背景に溶け込める感じのものにするとかどうかな?」と言えば、カツカレーを食べ始めた心操くんは、もうその話するの、と呟きながら「いや、最初は会社の方に任せようと……」と困った顔をする。前にも言ったよね、と今にも言われてしまいそうだ。

「でも、最初に希望する時に要望とか書けるでしょ」
「コスチュームの要望は、今は特にないな……」

 必要最低限のことしか書く気はない。これまで多くのコスチュームをデザインしてきたサポート会社に委ねた方が自分の身の丈に合ったものが出来るんじゃないか。そんなことを言う心操くんはいたって真面目で、会社に信頼を寄せてデザインを任せようとしている気持ちはサポート科としても有り難いような嬉しい気持ちになる。けど、デザイナーの趣味が多分に反映されてコスチュームが作られることを知らないであろう心操くんに何と言ったらいいのか、上手く言葉が見つからないまま今日に至っている。
 出来る限り自分の主張をしておいた方がいいよ、なんか恥ずかしいコスチュームになっちゃうかもしれないよと言うも、ヒーロー科のコスチュームでそんなにひどいのないでしょと言われてしまった。着るの勇気いるのあるでしょ、と言ったら首を傾げられてしまい、これはもしかしたら女子と男子の意識の違いかもしれないし、ヒーローを目指す者とそうでない者の違いなのかもしれないと気付かされる。でも、開発工房で出会って友達になったヒーロー科のお茶子ちゃんは「最初はコスチュームパツパツで恥ずかしかった」と言っていたんだけどな。

 心操くんには心操くん自身が誇れるようなかっこいいコスチュームを着てほしいのだけれど、その気持ちは上手く伝わっていない気がする。
 こういうのが着たい。そんなたった一つの要望だけでも違ってくるんじゃないかと思って無い知恵を絞って考えたアイデアを伝えるも毎度反応は悪い。サポート科としては結構悲しいのだけど、彼に覚られないよう笑いながら「今回もボツかぁ」とわざとらしく肩をすくめてみせた。

 普通科で頑張ってきた結果、ヒーロー科に編入を決める心操くんは本当にすごいと思う。
 相澤先生の訓練に加えて体力作りに励んでいるみたいだし、ヒーロー科との差を少しでも縮めようと勉強にも励んでいるようだった。夢に向かって、憧れに追いつくために努力する心操くんに惹かれ、彼を応援したいと思った。何か役に立てたら、そんな思いを抱きつつも、自分の行動が正しいのかすらわからなくなってきているのも事実で。

「名字さんはさ、なんでそんな俺にいろいろしてくれようとしてるの?」

 わからないといった様子でうっすらと隈のある瞳がこちらを見ている。純粋に疑問として尋ねているようだ。

「えぇ、そんなこと聞かれると思ってもいなかったな。だって、心操くんのこと応援してるし……それに……」
「さっきまであんなに饒舌だったのに」

 首を傾げて食事を進める心操くんを見ながらオムライスを食べる。「だって恥ずかしいし」と視線を外せば「よけい気になるんだけど」と言われてしまった。そんな気になることなのだろうか。サポート科がこういった話を持ち掛けるのってそんなに不思議なことかな。
 綺麗になった心操くんのお皿を見ながらグラスを取って一口水を飲む。どうしよう、と思いながら心操くんを窺うと、じっとこちらを見る心操くんと目が合ってしまった。
 気まずくなって視線を外すと、窓越しに雪が降っているのが見えた。朝見たテレビで今夜は積もると予報されていたことを思い出す。
 彼へのこの気持ちも、あの体育祭の日から随分と積もったような気になっているけれど、実際のところどうなんだろう。

「……私、雄英に入学した理由が『有名なヒーローのコスチュームを作りたい』だったの。笑えるでしょ。舐めてるとしか思えない」
「……そうかな、中学に似たようなこと言ってた子いたよ」
「でも、私の場合は不純だもん。有名なヒーローにコスチューム提供して有名になりたかったの。すごいねって言われたかったの。言ってもらいたかった人に、言われたことなかったから」

 家族に褒められた経験がない。
 テストで良い点を取っても、そんなの出来て当たり前だと親によく言われた。満点でないのに褒めてもらう気でいたのか、とも。
 兄弟に出来た人がいたから、私はいつもダメな子扱いだった。
 進路希望でヒーロー科志望じゃないと言ったら失望したと言われたけれど、それは承知の上だった。サポート科に入学したのは親への反抗だったし、自分の承認欲求が満たされる唯一の道だと思っていたのだ。
 今の自分を作るそんな話を織り交ぜながら話していくと、不思議と心が軽くなったような気がした。そういえば、こんな話をしたのは初めてかもしれない

「サポート科に入って、周りの熱量にびっくりしたの。真面目で一生懸命で、こんな私にも優しくて、いろいろ教えてくれた。自分が情けなくて、どうしようもなく落ち込んでた時に心操くんと緑谷くんの試合を見て、すごく感動したの。心操くんの気持ちに共感して、それで、負けても諦めずにヒーローの道に進む心操くんがすごくかっこよくて、憧れた。私も頑張ろうって思えたの。それで、いつか心操くんに自分のコスチュームを着てもらって――あのね、つまり、私にとって心操くんは私の新しい夢になって、だから私、心操くんに声を掛けて……まぁ、迷惑だったかもしれないけれど」

 体育祭のあの日、私がただ唯一、この人のためのコスチュームが作りたいと思ったのは心操くんだった。試合で悔しそうな顔も、満足そうに笑う顔も見て、もっといろんな表情が見たいと思った。
 出来ない自分を彼と重ねてしまったのは申し訳なく思うけれど、でもそれが嘘偽りのないものだった。ここまで言ってしまったら全てをさらけ出すつもりで顔を上げれば気付く。心操くんが顔を真っ赤にしてこちらを見ていたのだ。いつもの困った顔とは違う、口をぽかんと開けて耳まで真っ赤な心操くんを見て思わず口を閉じる。

「名字さんからそんな風に思われているとは思わなかった」

 そう、だろうか。初めて会った時に心操くんへの気持ちは包み隠さず伝えたつもりだったのだけど、でも確かに自分のことはあまり話してことなかったなと気付く。
 赤い顔を手で覆って俯いてしまった心操くんを見ると少し気まずくなってお皿に少し残っていたオムライスを食べることにした。カチャカチャと食器がぶつかる音を聞きながら辺りを見渡すと、人が随分と減っていることに気付く。人に聞かれたらまずい話をしたつもりはないけれど、結構恥ずかしいことを話していた自覚は一応ある。心操くんの真っ赤になった頬を思い出し、顔に熱が集まるのを感じながら最後の一口を食べた。

「からかわれてると思ってたんだ」

 グラスを手に取り水を飲むと、心操くんがぽつりとそんなことを言った。驚いて前を向くと、恥ずかしそうに視線を外されてしまう。

「同じクラスでもない女の子が、どうしてって」
「そうなの? サポート科って結構押せ押せな人が多いから、来年編入したら多分いろんな人から声掛かると思うよ。私以上にすごい人沢山いるし」
「……そうなんだ」

 恥ずかしそうに顔を赤くして拗ねるような顔をした心操くんがなんだか可愛くて思わず笑ってしまった。なに、と口を尖らせる心操くんに首を振る。なんでもないと言うも納得はしない。

「かっこわる……」

 ため息交じりにそう呟く心操くんに「そんなことないよ」と言う。
 あの日からずっと、私の目には心操くんがかっこよくてきらきらして見えているのだから。
 自分の気持ちを素直に伝えたことで心操くんと前よりも打ち解けたような気がして、オムライスも美味しかったし今日は良い日だ、なんて思っていると小さく「名字さん」と名を呼ばれる。

「コスチュームの話、少し考えてみるよ」

 名字さんの期待に添えるかはわからないけれど。
 こちらを窺うような仕草で言った心操くんの言葉の意味を理解した瞬間、胸が幸せな気持ちでいっぱいになった。嬉しくて、思わず椅子から立ち上がって心操くんの手を取って握る。

「嬉しい!!」

 その言葉だけで、どれほど救われるだろう。

「ありがとう、本当に」
「いや、そんな大げさな」
「ううん、違うの。本当に私、今すごく嬉しくて。本当に、よかった、嬉しい」

 私が雄英に入学出来たのは、まぐれみたいなものだと常々思っていた。特別な才能なんてないし、個性もこの分野に活きるものではない。優秀ではないし、発想も平凡だ。けれど、今この時の思い出があれば私はこれから先に起こるであろう困難に立ち向かえるような気がした。

「心操くんを好きになってよかった」

 欲しかった言葉を貰えた感動が胸を締め付ける。
 嬉しいと心操くんの手をぎゅっと握れば、顔を赤くさせて驚いた顔をする心操くんがいて。

「名字さん、あの、えっ……?」

 あれ?

20200112
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