小説
「その時代にさほど違和感がないってので選ばれるなら俺でも良くねぇか?」

 今回の遠征に出陣するにあたって自室で仕度をしていると、丁度部屋の前を通った同田貫正国が獅子王に声を掛けた。いくつかの話のあと、そんなことを言った同田貫に獅子王は笑った。いつか言いそうだと思っていたのだ。
 蝉が忙しく鳴いており、獅子王は頬に垂れた汗を拭う。鵺は今、部屋の端で獅子王の仕度をじっと見ている。
 政府からは別の恒例任務も受けており、同田貫はそちらに出陣する予定になっている。出陣出来んならそれでいいじゃねぇかと言えば、いつもと違う方が燃えるだろと同田貫は眉を寄せた。

「ま、審神者には審神者の考えがあるんだろうがよぉ」
「だなぁ」

 なんだかんだ言いつつ同田貫も審神者に対して信頼は厚い。そのため文句は言いつつ指示にはきっちり従うことを獅子王はよく知っている。

「今度面白そうな戦場があったら俺に出陣させろって言ってみるかな」

 俺が行くところは戦場じゃあなんだけどなぁと思いながら獅子王は笑った。むしろ審神者の話を聞くに、相手がなかなか出てこない可能性の方が高い。もし同田貫が参加していたら、場合によっては同田貫は苛々して仕方ないかもしれないのだ。それでも、まぁ気にはなるのかもしれないと思いながら獅子王は再び審神者から受け取っていた書類に目を通していった。


「なんでうちが選ばれたか、結局わかったか?」

 いざ特別遠征〜と楽しそうに拳を天に突きさす乱藤四郎に笑いつつ、隣にいた厚藤四郎が獅子王に言葉を掛ける。結局、審神者からそういった話を聞くことは叶わなかった。白いワイシャツと黒いスラックスの、所謂学生服を着た厚は腕時計を確認しながら「ネタばらし、してくれんのかな」と苦笑いをする。

「資料を確認しても何もわからなかった。審神者が暮らしていた時代でもなかったし、気になる点も特になかった。だが、審神者の意味ありげな様子を見るにうちが選ばれた理由はちゃんとありそうなんだよなぁ」

   ◇

 獅子王の前でうずくまっている名前の腕や足には擦り傷があり、ぜぇぜぇと肩で呼吸をして今にも気を失いそうな様子だ。獅子王が間に入らなければ敵の短刀は名前を殺そうと再び動き出すつもりであったらしく、間一髪だと獅子王は口に張り付いた髪を払って一つ息を吐いた。

「大丈夫か、名前」

 日本刀の展示が行われているこの場所に歴史修正主義者の気配があったと聞き、獅子王も審神者も、そして政府ですら日本刀の破壊を目的としているのだと考えていた。以前、刀剣男士となる刀の破壊を目的とする歴史修正主義者の存在を確認していたからだ。
 だから獅子王も雷鳴轟いた後、敵の気配を察知した際は企画展が行われていた本館の展示室へと向かった。同じくこの時代へやってきた仲間とはそこで落ち合うよう話をしていたからだ。敵の数を確認し、室内を短刀と脇差に任せ、周囲に被害が及ばぬよう獅子王は長曽祢虎徹と共に本館周辺の探索を行うつもりであった。刀の展示がされていない別館にいた方が名前は安全だと考えていたし、何より何も知らない名前は己といた方が断然危険だと考えた。だから獅子王は名前から離れた。だが、いやだからこそ名前は傷を負ったのだ。涙で顔をぐしゃぐしゃにし、獅子王の名を呼んで助けを呼んでいたのだ。

「お前らの狙いは、名前だったのか……?」

 カラカラと骨を鳴らす敵の短刀を倒し、その後ろで刀を構える大太刀に言うも反応はなかった。こちらの言葉に反応しないのはいつものことだと思いながら獅子王も刀を構える。
 ボロボロな名前を見て獅子王は胸がちくりと痛んだ。己に対する苛立ちもふつふつと湧いて出る。ゆっくりと息を吐きながら後ろでうずくまる名前を確認すれば、ゲホゲホと苦しそうに咳き込みながらも腕で涙を拭う仕草をし、こちらを見た。

「獅子王、くん……?」

 驚いた顔をして己を見る名前に、獅子王はそりゃそうだよなぁと思った。ついさっきまで一緒だった男が刀を構えているのだから。
 名前と別れた後に発見した敵を数体倒したものの、未だ気配の残る敷地内を走り回っていた獅子王は普段とは違う焦りを感じていた。疲れを感じながらも前進することを望む体は敵ではない何かを探し求めているようにも思えた。どうしてそんな気持ちになるのか獅子王自身もわからなかったが、名前の姿を見つけた瞬間点と点が繋がったように思えた。
 ああそうなのかと、これこそが俺が守る歴史なのだと。

「名前、怖かったな。悪い、俺が離れちまったから……。けど、今度は絶対守ってやるから」

 導き出した答えはきっと外れてはいないだろう。時間遡行軍が名前を執拗に狙っているのは、きっと――

「約束するぜ、名前。生きて家に帰らせる。今回の俺の最重要任務だ」

   ◇

 涙を拭った先で、獅子王くんが私に背を向けて立っていた。
 獅子王くんが刀を構え、アレと対峙している。驚いたことに、彼も刀を持ってた。カチャリと刀を構える様子は何故か驚くほど様になっていて、刀がきらりと光った様子にはぞくりとした。何が起こっているのか、まるでわからなかった。けれども彼は今度は私から離れないよう何度も名を呼んで存在を確認してくれた。

 刃物と刃物がぶつかる音を初めて聞いた。途中から映画を見ているような気にすらなってきて、先ほどの恐怖はどこにやったのか獅子王くんに見惚れてしまっていた。小柄で細い獅子王くんが臆せずにアレに立ち向かっているのである。ぜぇぜぇと息が上がりながらも私を守るように彼は立っている。吹き飛ばされても膝を付いてもすぐに立ち上がった。黒いTシャツは破れ、スキニーも所々擦り切れていて、体からは赤い血が流れている。けれども逃げようとする素振りは見せない。
 それが随分、美しく見えた。
 血が流れ、土がついてボロボロな獅子王くん。敵対している相手は怪物のような恐ろしいもので、持っているものは同じ刀のはずなのに、どうしてこんなにも彼の戦う姿は美しいんだろう。
 ああ、似ている。ついさっき感じたあの感覚に。日本刀を初めて見て感じたあの感情に、随分と似ている。

「獅子王!!」

 どこからか聞こえてきた声と共に現れたのは、毛先に少し金髪が混じった大柄な男の人で、私の姿を見るなり驚いた顔をして「大丈夫か?」と声を掛けてくれた。この人は獅子王くんの知り合いなんだろうか。この人も、獅子王くんと同じように刀を持っている。
 どうして獅子王くんが刀を持って戦っているのかとか、突然現れたお仲間らしき人のこととか、わけがわからなかったけれど、獅子王くんのお仲間が現れたならもう大丈夫に違いない。そう思ったら一気に気が抜け、意識が薄れていった。




「名前、名前!!」

 名を呼ばれ、目を開ければ目の前には安心したような獅子王くんの顔。

「し、獅子王くん!?」

 顔が思ったよりも近い。逃げようにも自分は倒れているし、彼は嬉しそうに「良かったー」「安心した」などと顔をほころばせるのでもう少し離れてくれとは言える空気ではなかった。起き上がりたいと言えば、彼は慌てたように体制を整えて私の手に触れる。

「いたっ」
「わっ、悪い。その傷手当てしなきゃな」

 手の平を開いてみると真っ直ぐに切られた傷があった。傷口からは指の爪まで垂れた血の跡があるものの、出血は治まっているようである。じくじくとした痛みは残っていたが、痛みの割に深い傷ではないようだ。
 移動するかと言われ頷く。獅子王くんは申し訳なさそうな声で「悪いな」と小さく呟いた。

 獅子王くんは怪我をしていない方の手を引いて敷地内にある小さな建物の中に進んだ。ずんずんと入り迷う様子はない。とある一室の前で立ち止まった彼は、部屋の前で壁に背を預けて立っていた大柄な男性と言葉を交わし、私を部屋の中に導く。中に入ると一瞬高級そうなお香の香りがしたが、机の上に置いてあった救急箱を獅子王くんが開ければ消毒液の匂いがして思わず眉をひそめてしまった。
 椅子に座らされ、手当が始まるとあっという間だった。この塗り薬を使えばきっと怪我の治りは早いはずだ。そう言った獅子王くんは私が痛みを堪える度に謝った。それがまた申し訳なくて、けれども私はなんと言えばよいのかがわからなかった。

 結局アレはなんだったんだろう。部屋の前で立っていた人は、戦いの最中に獅子王くんのもとに駆け付けたあの人だった。獅子王くんもあの人もどうして刀を持っていたんだろう。さっきまで血を流していたのにもう元気なのは何故だろう。
 不思議なことがいっぱいで、聞きたいことでいっぱいなのに言葉にすることが出来なかった。

「……何も聞かないんだな」
「えっ?」
「沢山聞きたいことがあるって顔してる」
「ああー、うん。でも聞きません。獅子王くん困るんだろうなって」
「……ああ、そうだな。確かに困っちまう」

 名前は優しい子だな。
 そう言って頭をぐしゃぐしゃに撫でられる。獅子王くんは泣きそうな顔をして笑っていた。


 服の汚れを払って部屋を出ると扉の前には金髪の少女が私の鞄を持って立っていた。にこりと笑って「これ、オネーサンのだよね」と私の鞄を差し出すので驚きながら頷けば「喫茶店の近くに落ちてたんだ」と肩をすくめる。
 この子も獅子王くんの仲間だろうか。振り返って獅子王くんを見れば、困った顔をして「乱、もう大丈夫なのか」と言った。

「うん。もう問題無し」
「そうか」

 もう何も考えない方が良いんじゃないだろうかと思いながら建物を出る。すると、いつの間にか空が晴れていた。眩しいくらいの太陽と、もわりとした空気。間違いなく朝まで感じていた夏の暑さがそこにあり、蝉も元気に鳴いていた。
 獅子王くんに「ご飯、どうしますか?」と聞けば、彼は「名前、何が食べたい?」と嬉しそうな顔をした。

「自分で言っといてなんですけど、なんだかいろいろあったのであまり考えられなくて……」
「でも、少しでもいいから腹に入れておいた方がいいぞ」
「……獅子王くんのお仲間は、どうするんですか?」

 遠くからこちらを見ている人たちを見てそう言えば、獅子王くんは「あいつらは、別にやることがあって」と慌てたように手を動かす。

「まぁ、本音を言えばさ、名前ともっと話しがしたいんだ。もっといろんなことが聞きたい」
「けど、獅子王くんの話は聞けないんですよね」
「そうだな。教えてやれるのは俺の名くらいだ」

   ◇

 その後、ミュージアムショップに立ち寄って日本刀が特集されている雑誌を購入した。これは獅子王くんがおすすめしてくれたもので、今回展示されていない日本刀も多く掲載されているらしかった。その後、当初の目的であった別館の喫茶店で軽く食事をした。
 獅子王くんのお仲間の姿はなかったが、多くの来場者が喫茶店で食事をし、談笑していた。この人たちはさっきまでどこにいたんだろうと答えが出ない疑問を抱く度、手に巻かれた包帯に触れ、考えるのを止めた。
 喫茶店を出るまで獅子王くんは様々な質問をしてきた。今は何をしているのか。何が好きか、何が嫌いか。将来何になりたいか。途中から久しぶりに会った親戚から質問責めをされているような気分になったが、それも嫌とは思わなかった。獅子王くんはやはり不思議だ。相槌が上手いからなのだろうか。

 元々、男の子と二人っきりで食事をするのは好きではなかった。今まで遊ぼうと誘われても断っていたし、学食ですら男の子と二人で食事をするのは嫌だった。誰かしら女の子の友達がいないと駄目で、そんなんだと彼氏が出来ないよと友達にからかわれても無理なものは無理だった。
 けれども獅子王くんとは、平気だった。嫌だとは思わなかった。むしろ楽しくて、もっと話しがしたいと思ったほど。自分にとって、それがとても不思議だった。


「今日は楽しかったです。とっても」
「ああ、俺もだ。こういうの初めてだったから、尚更な」
「勉強になりました」
「なら良かった。あぁ、あと念のために病院行って傷を診てもらうんだぞ」
「わかりました」

 行ったとして、傷の説明はどうすればいいんだろう。手のひらのこの大きさの傷って、なかなかないだろうに。獅子王くん、そういうのわかってるのかな。そう思いながらも真面目な顔をして彼が言うので頷く。確かに行っておいた方が良いのだろうし。
 博物館を出て、駅の改札口まで一緒に歩く。改札口で別れの挨拶をしていると、獅子王くんは視線を外し、口をもごもごとさせ躊躇いつつ口を開ける。

「名前に見てもらいたいと思う刀が今回の展示されてなかったのが残念だが……もし展示されることがあったら見てくれ」
「……? そういえば、一番好きな刀について聞き忘れていました。教えてくれるんですか?」
「一番好きというか、あー、うーんと、名前に一番見てほしい刀はある」
「それは?」
「獅子王」

 ざわめき音の中から聞こえた獅子王くんの言葉に、私はすぐに反応することが出来なかった。えっ、とようやく出た言葉すら聞こうとしない獅子王くんは慌てた様子で「ほらっ、もう電車が来る」と私の背を押した。

「じゃあな、名前」
「獅子王くん、今のって――」
「俺の名は獅子王」

 目を細め、こちらに手を振る彼の姿が見えた。電車に乗るために改札口へ入る人たちの波に逆らえず、私はしょうがなく改札を通った。

「俺のことを忘れてもいい。それでも名前が生きているうちに、俺を――」

 後ろに続く人たちに押されるようにして改札内へ入り、そのままホームへ向かう流れとなった。獅子王くんの言葉を、最後まで聞くことも出来なかった。彼は最後、なんと言ったのだろう。
 きっと改札口に戻っても彼を見つけることは出来ないだろう。そんな確信を抱きながらホームに並ぶ人の後ろにつく。

「獅子王……」

 彼の名前は獅子王。そして、彼が私に見てほしい日本刀も獅子王と呼ばれているらしい。
 目を細める彼の姿を思い出す。手のひらに巻かれた包帯に触れ、刀を構えた美しい彼の姿を思い返す。彼に選んでもらった雑誌をおもむろに袋から取り出し、ぺらぺらと捲った。

   ◇

「今の、正直ギリギリだったと思うぞ」

 人が一端捌けたところで獅子王に声を掛けたのは厚藤四郎であった。怒っている様子はないが、少し呆れている風ではあった。しかしすぐ、興味があるような声で「で、答えはわかったか?」と獅子王に尋ねる。

「ああ。まぁ、帰ったら答え合わせだな」
「まじかよー。かなり気になってるんだけど」
「名前がちゃんと家に着くようにって堀川が気付かれないよう見てくれてんだからそれまでは駄目だな」

 ほらっ、もう一度博物館に戻って異常がないか確認するぞ。
 そう言って獅子王は元来た道を戻る。

「あのねーちゃんの怪我、残らないといいな」
「そうだな。名前は俺たちとは違うからな……」

 別れる前、名前が動揺したようにこちらに振り向いた時、獅子王は胸がちくりと痛んだ。何も言えないと理解し、その上で自分のことを沢山話してくれた名前に対しあの発言が良かったのかどうかわからなかった。厚の言う通り、ギリギリの発言だったことは十分承知している。気付いてくれと言っているようなものだった。けど、と獅子王は思う。どんなに願っても名前は忘れてしまうのだ。そういう仕組みになっているのだと審神者から聞かされたが、自分だけが覚えているというのはやはり寂しいものである。
 別れは、どんなものであったって辛いのだと再認識させられる。もう一生会えないと知っているから、なおさらこんな気持ちになっているのかもしれない。

 今の主が男であるから、女人とあんなに長く話すのは初めてだった。万屋に買い物に行った時に店員と話す比ではない。一緒に刀を見たり、食事をするのは楽しかった。きっと二度とそんな経験はないだろう。そう思うと獅子王はその相手が名前で良かったと心から思うのであった。



「戻ったぜ」

 本丸に戻ると多くの刀剣男士が迎え入れてくれた。土産だと言って獅子王が大きな紙袋を二つ渡すと歓声が上がった。 
 すぐに審神者のいる部屋へ報告に向かうと、獅子王の後に続いていた平野藤四郎が「もう少しお役に立てればよかったのですが……」としゅんと肩を落としていた。平野はずっと、館内で敵に備えていたので単独で行動していたのだ。

「いや、今回は俺がもう少しいろんな状況を考えておくべきだった」

 部屋の前に着いたところで「しょげてる顔は審神者の前ではよそうぜ」と平野の背を軽く叩く。平野にこんな顔させるなんて隊長としてはまだまだかもしれねぇなと思いながら獅子王は中にいる審神者に声を掛けた。


「――多少の怪我はあったが問題はないぜ。被害も最小限に抑えられたつもりだ。人間に怪我を負わせちまったが、念のためにと貰ってた傷薬を使ったから傷跡は残らないだろう」
「そうか、政府もそれに関しては後の経過を見守るようだ。ちなみに、時間遡行群が再びあの時代に出現する可能性は低いと考えているらしい」

 それを聞き獅子王はようやく安心したように肩の力を抜いた。

「……で、もうさすがに教えてくれねぇか。今回の任務でこの本丸が選ばれた理由を」
「その顔だと、もう想像はついているようだが」
「答え合わせがしたいんだ」
「ああ、わかった」

 横に並んでいる厚と乱は獅子王の顔をちらりと見た。乱は目をキラキラさせ、身を乗り出して話しを聞く体制になっている。

「今回特別遠征に選ばれた本丸は、十あると聞いている。その全てが平成に向かったようだが、向かった先はどの本丸も違うらしい。本丸同士に繋がりはなく、演練で戦ったこともない。本丸の歴史もそれぞれ違う。ただ、共通点があった。それが選ばれた理由だ」

 もったいぶるなぁと、厚は苦笑いをする。審神者も子どもに昔話を聞かせるような心地になっているらしく、表情は少し楽し気であった。

「獅子王の様子だと、会ったんだろう? 名前という名の若い女の子に。まさか本当に会うなんて思わなかった。政府から聞かされた時は『来館した形跡がある』ってだけだったからなぁ」

 審神者は目を細め、獅子王を見る。獅子王は拳をぎゅっと握りしめ、審神者をじっと見ていた。

「名前さんはな、私のご先祖様だよ」

 今回の特別遠征に参加した本丸の共通点は、審神者のご先祖様にあるらしいんだ。
 その言葉に獅子王はやっぱりなと呟いた。どうりで名前に愛着を抱く訳だ。名前が危険な目にあった時、獅子王はまるで審神者に危機があったような感覚を覚えた。

「政府もどうかと思うぜ。ご先祖様の名を出したら断るわけねぇもんな」
「歴史上に名を残す人間でもないから、政府も被害が及ぶとは考えなかったってことかなぁ」
「今回は向こうの方が一枚上手だったということか……」

 審神者を前に好き勝手言う刀剣男士に審神者は「獅子王、伝えなかったことで任務に支障をきたしたようだな。すまなかった。そして、有り難う」と頭を下げた。
 獅子王は首を振り「謝らないでくれ」と困った顔をする。余計な情報を伝えて部隊に意識を散乱させるのを恐れたのだということは獅子王も理解している。それこそ未来の審神者に繋がる人間を殺そうとするとは考えもしていなかった。
 きっとあの時間遡行軍も、名前の持つ秘めた審神者たる力を感じ取ったのだろう。

「いいんだ。俺は、任務を引き受けて良かったと思ってるぜ。勉強になったし楽しかったよ」
「そうか、それなら良かった」


   ◇


 獅子王という名の刀を、一生のうちに見たいと思うのは何故だろう。

 大学に入り、三度目の春を迎えようとしていた時のこと。新年度を前に本棚の片付けをしている最中に見慣れない雑誌を見つけた。いつ買ったか覚えのないそれは、日本刀が特集されている雑誌だった。
 表紙をめくるとすぐ目に入るのが一振りの日本刀の写真で、その写真の脇には一枚の付箋が貼られていた。本から得た知識なのか、付箋には見慣れた自分の字で刀を鑑賞するにあたってのポイントが書き込んであった。ページを捲り、掲載されている刀の名を見ると、聞いたことのあるものが多かった。少し前、テレビで日本刀の特集が頻繁にされていたから覚えたのだろう。
 それにしても、熱心にいろんなことが書き込まれている。まるで本物を見てきたような感想まで書いてあった。
 ペラペラとページを捲る手は止まらない。純粋に面白いのだ。歴史背景や現代の評価。そういったものを知るだけで刀を見る目がこんなにも変わるのかと、時間も忘れて雑誌を読み込んでいった。そんな中、最も付箋の多いページを見つける。そのページには一枚の博物館の半券が挟まれていた。電車を乗り継がないと行けない博物館である。そういえばこれ、一年の時に親戚に貰ったんだっけ。

「貰ったのは覚えてるけど、結局行ったんだっけ……?」

 行ったような、そうでないような。記憶はやはり曖昧で、靄がかかったようにうまく思い出せない。
 改めて雑誌に目を落とす。そこは、獅子王という号を持つ日本刀について書かれているページであった。
 この刀を、私は知っているような気がした。
 雑誌に貼りついた何枚もの付箋を読むたびに、言葉にすることが出来ない切なさと焦がれるような気持ちが溢れてくる。


 獅子王と呼ばれる刀を実際に見てみたいと思った。一生のうちに見に行かなければならない気がした。
 きっとそうしたら、何かがわかるんじゃないだろうか。この靄が掛かったように曖昧な記憶も、夏の青空のように綺麗に晴れるんじゃないだろうか。

20190309
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