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クリスマスまでに五つの準備 For five days for you

どの服を着れば君の隣を歩けるかな





アルフォンスが目を覚まし、寝ぼけ眼を擦りながら自室をでると、朝からご機嫌な兄の鼻
歌が聞こえてきた。
うちは、どうしてそんなに働く必要があるのかと思うほど、両親とも仕事人間である。母
はバリバリのキャリアウーマンであり、父は外国に単身赴任中。かといって家族のことを
全く顧みないわけでもなく、一週間の半分は父を除いた三人そろって母の手作り料理を囲
むし、毎月父からはどっさりの贈り物と家族への愛をつらりつらりと長ったらしく書きつ
づった分厚い手紙が送られてくる。少々形は違うけれども、なかなか円満な家庭なのであ
る。
そんなわけで家事は分担である。残念ながら料理が苦手なアルフォンスはほぼ、家の清潔
を保つ掃除担当である。おかげですっかりカビ落としに詳しくなり、学校のトイレに黒い
ものがちらっと見えれば殺気立つほど。かわりに兄は弁当と朝食、時々夕食担当である。
元々それほど器用でもないので、最初は食えたものではなかったが、今ではそこらの主婦
には負けない腕前を毎日弟相手にふるっている。
「おはよー…どうしたの兄さん」
えらくご機嫌じゃない、というと、ぎく、とエドワードは肩をこわばらせた。
「なーんでもねーよー…ふふふっ」
じゅーじゅーと炒め物を書きまわしながら、何度かフライパンを手慣れた様子で振る。も
う二つ並んだ弁当箱には、ご飯が詰めてあり、そしていつもながら芸術的な色の卵焼きと、
色あざやかなプチトマトが入っている。冷凍食品のシュウマイもなかなかいけるもので、
ほどよいところで手を抜くのも兄さんらしい。弁当には個性がでる。入れ物にも。
「兄さんまた、弁当箱新しくした?」
「え?ああ!かっこいいだろ?」
可愛らしい猫のキャラクターがあしらわれた二段弁当の隣には、これまたいかつい角の生
えた弁当箱が並んでいた。これ角ののところに醤油入るんだぜ?と得意げに胸を張る兄と、
ズギャアアアンと存在感が天を抜く弁当箱を見比べ、アルフォンスは顔洗ってくる、と兄
に背を向けてから、たっぷりのため息をついた。
「相変わらず、センス悪…どうしたらああなんの?僕と同じ環境で育ったんだよね?きい
てもいい?どこの星の人ですか?」
以上が、アルフォンスの本音である。兄は料理には華々しいほどの才能があるのだ。まだ
中学生だったころは海苔を巧みに使って自分たちの弁当を面白おかしく飾ったものだった。
それはマシだった。絶対にマシだった。お前猫好きだからなー、猫ちゃんだぜ?あとサッ
カーボール。ときらきらと輝く兄は最高に自慢だったのだ。学ランをきちんと着ていれば。
一度表にでれば、偏見かもしれないが大阪のおばちゃんのような虎やら豹やらゼブラやら。
そして完璧なまでのパンクファッションはあまりにパンチを効かせすぎている。たまには
普通の服屋に行ったらどうか、と尋ねれば、別に普通じゃん、と返される始末。兄弟でこ
こまで価値観が変わるものなのだろうか。読んでいる漫画も、兄のものは表紙で明らかに
一歩引くグロイものからホラー系や不良漫画など多種多様である。まあ、人間好きと思っ
たものは変えられないのだろう。兄さんの趣味を今更どうこうできるなんて思えないし、
とアルフォンスはしゃこしゃこと歯磨きを始めるのだった。


それからしばらくたったあくる日の夜のことだ。今日は母のいない夕飯で、兄弟二人きり
の団欒であった。ちゃっちゃと歯ぁ磨いて風呂入れよー、と洗い物を始める兄に、返事を
して洗面所に向かう。いつものようにしゃこしゃこと綺麗に歯を磨いていると、突然どた
どたと走ってくる音が聞こえてきた。
「アルフォンス!」
洗面所に飛び込んできた兄に驚いて、思わずごっくんと歯磨き粉を飲み込み、アルフォン
スはげーげーと洗面台にそれを吐いた。エドワードは驚きながらその背中をさすり、コッ
プに注いだ水を差し出す。
「…はー…驚かさないでよもう!歯磨き粉が最悪なんだけど!」
「わ、わりぃ…それより相談したいことがあんだけど」
「相談?」
ぺっと濯いだ水を吐き出して、アルフォンスはタオルで口元を拭った。
「なに?」
「そのな…クリスマスなんだけど」
「え、クリスマス?」
「うん…」
兄はもじもじと、普段の豪快な様子とは比べものにならない様子で指を回している。時折
頭をぽりぽり掻いては、足を組み直したりとせわしない。
「クリスマスがなに?メニューの相談?今年も僕シチュー希望」
我が家ではクリスマスは家族で過ごす決まりである。父親はその頃に一度日本に帰国して、
とんぼ返りするのが常だった。よくもまぁ、いつも年末の忙しい時期に休みをねじ込むも
のである。
「それなんだけど…その日俺、ちょっと用事がな、できてな」
「えっ?」
一歳年上で高校二年生の兄が、こんなことを言うということは。
「……まさか、これ?」
アルフォンスは小指を一本立てる。
「あー、うー…そんなとこかなー…どっちかっていうと、これ」
エドワードが親指を一本立てた。
「「……………」」
しばしの沈黙ののち、アルフォンスはなんとなく口を濯ごうとコップに口をつけ、そして、
ぶーっとまた吹きだした。
「嘘ッ嘘でしょ!?同級生!?先輩!?信じらんない!よりにもよって、なんで男!?」
「…お前の反応は予想してたけどよ」
ぼたぼたとアルフォンスの吐きだしたものにまみれながら、エドワードはタオルを籠から
一つとりだし、ごしごしと顔を拭いた。
「でも、ほんといい人っていうか。ほんと…好き…っていうか!その…うーん…」
タオルを握りしめて、エドワードは恥ずかしそうにうつむいた。
「…やっぱり好きなんだよなぁ…まだ付き合ってちょっとだけど、前からいいなって思っ
てて、ダメ元で告白したらいいよっていってもらえてさー…今幸せなんだ」
「…僕はかなり衝撃だけどね」
はーあ、と洗濯機に寄りかかりながら、アルフォンスはで?と話を進めた。
「それで、クリスマスにどうやって家族の輪から抜け出せばいいかって相談なら、僕は手
伝わないからね」
「そのことについては、きちんと作戦を練ってある!」
「へぇ?」
どんな?と片眉をあげて尋ねれば、どこから引っ張り出したのかスケッチブックをぺらり
とエドワードがめくった。
「作戦のそのいち!替え玉作戦!俺の背格好に似た奴に俺の身代りをさせる」
「却下。父さんと母さんの目をごまかせるわけがない」
「そのに!急な病気で病院に搬送されて入院になる。クリスマスだけこっそり抜け出す!」
「無理。それなら病院でパーティしようって言い出しかねない両親だってこと忘れたの?」
「そ、そのさん…ずらかる」
「警察に連絡されたいならお好きにどうぞ」
がくっと床に落ちるエドワードの膝。アルフォンスはふっと鼻で笑い、話になんない、と
腕を組んだ。
「…正直に話すって選択肢はないわけ?」
「そしたら家に呼べっていうぜ?」
「だめなの?」
「…」
うちでご飯食べてからホテルでも相手の家でもどこへなりと好きにすればいいじゃない、と
投げやりなアルフォンスに、エドワードはただ項垂れる。
「…その、かなり歳が離れてるんだよ」
「いくつよ?」
「…十四」
「じっ…」
十四歳年上の男、という想像が、アルフォンスの脳裏を縦横無尽に駆け巡った。今は31歳。
一体なんの接点が、ていうか何してる人なんだ、とだらだらと冷や汗をかきながら、まだ回
想にふけって幸せそうなエドワードに視線を戻す。
「…仕事は?」
「ん?幼稚園の先生」
良かった、まともみたい。とアルフォンスは胸をなでおろす。エドワードはでれでれと頬を
緩ませながらアルフォンスにぴらりと一枚写真を見せびらかした。そこには園児たちと戯れ
る若い男が写っていた。
「ふーん…顔はまあまあだねぇ…」
黒いエプロンにTシャツというラフな格好だが、よれたりのびたりはしていない。清潔感が
溢れる好青年に見える。黒い髪を風がかき乱して、一人やんちゃそうな男の子を抱き上げて
こっちにほほ笑んでいる姿は、なんとも面倒見のよさそうな印象だ。社会的にはちゃんとし
た人間かな、とアルフォンスはひとまず安心した。
「でも、どこで会ったの?全然繋がりなくない?」
「ときどき電車で一緒になるんだよなー。ずっと気になってたんだけどさ、そしたらこの前
の職業体験で幼稚園言っただろ?ビンゴなわけよ!」
つまりはそこで出会い、三日間の課外学習の間に連絡手段を確立し、放課後や土日に幼稚園
の手伝いに行き、ついに目にとまり告白までこじつけたわけである。
アルフォンスは、兄のべらべらと出会った経緯から告白までの長い話を聞き流し、適当なと
ころで話を元に戻すことにした。
「で、その人にクリスマス一緒にどっか行かないかって言われたんだ?」
「ああ!仕事あるから夜だけだけど、ご飯だけでもって!もう超嬉しいんだけどっ!」
「で、軽い気持ちでおっけーしちゃったわけ」
「………」
何も言えないエドワードに、アルフォンスは呆れて言葉もない。毎年家族で過ごすクリスマ
スの外出を、果たして許してもらえるだろうか。激しい落ち込みようのエドワードに、結局
折れるのはいつだってアルフォンスのほうなのだ。
「…仕方ないなぁ」
アルフォンスの少しおどけた調子のその声に、エドワードがうなだれていた顔が上がる。
「僕が手伝ってあげる。なんとかなるよ。…たぶん」
「あるうううぅっ!」
ありがとぉっ!と首に抱きついた兄を、自分はいつのまにか追い越していた。無論、身長の
話である。
「父さん母さんをどうやって誤魔化そうかなぁ」
「まあそれは最後でいいじゃん!」
「え?問題はそれだけでしょ?」
アルフォンスの言葉に、エドワードはゆっくりと首を横に振る。
「…そ、それだけじゃねーだろ?」
首をかしげた弟に、兄はきっぱりともうひとつの問題を、冷静に告げた。
「服、どうするよ」
まさか、ひどい趣味のことは知らないのか。
アルフォンスはこの問題を安易に考えていた自分を呪ってから、ああ、と天を仰いだ。
クリスマスまで、あと五日。




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