いつか聞いた鈴の音 | ナノ



いつか聞いた鈴の音



「あーぁ…」

灰色の空を見ながら千鶴は今日何度目かわからないため息を吐いた。


今日は所謂クリスマスイブというやつで、千鶴は悠太と過ごすはずだった。
高校生のときは毎日毎日一緒にいたのに、今は大学が違うせいであまり会えなくなってしまった。
だから今日くらいは一緒に過ごしたくて、一か月も前から予定を入れないでと悠太に頼み込んだ。
追試があったら困るから、と勉強だって頑張った。
恋人と過ごすクリスマスは初めてで、千鶴はこの日をとても楽しみにしていた。
それなのに。


「あーもう馬鹿じゃないのオレ…」


3日前に喧嘩した。
喧嘩というのは正確ではないかもしれない。
千鶴が一方的に怒ってしまったのが原因だから。
自分が悪いという自覚はあったけれど、意地を張ってしまい謝れずにいた。


「何でこんな日に雨なんだよー…ホワイトクリスマスじゃないのここは…」


空に向かって八つ当たりに近い台詞を吐いてみた。
朝から重い灰色だった空からは雨粒が落ち出している。
あーぁ今年もロンリークリスマスかー、などと思いながら外を見ると、花柄の傘をさした高校生が通り過ぎた。

ふいに、千鶴の頭にある光景が浮かんだ。



『春ちゃんにプレゼントはっ?』

『ほら、バッチグーじゃん』



茉咲に渡すはずだったプレゼント。
それをリボンの代わりに結んで、そっと背中を押した。
春の元へと向かう小さな背中を追いかけられなかったあの日。
茉咲の後姿に、悠太のそれが重なった。


「何で重なんの…?」


怖くなった。
悠太がもう二度と自分のところへ戻ってきてくれないような気がして。
意地を張っている場合ではない。今、行かなくちゃ。

コートを着るのも忘れて千鶴は家を飛び出した。


「ゆうたん…っ」


悠太は何処にいるのだろう?
他の用事を入れてしまった?
もしかしたら家で祐希に捕まっているかもしれない。
走りながら頭をフル回転させる。
何処に行けばいい?


「(あ…)」


もしかしたら。
千鶴は思いついた。
それぞれが通う大学の間に小さな公園がある。
講義が終わってから会うときは、よくそこを待ち合わせ場所にしていた。
もしかしたら悠太はその公園にいるかもしれない。


「(ゆうたん…!)」

千鶴は無我夢中で走った。

いつの間にか、空から降り出す雨は白い雪に変わっていた。


「ゆうたん!!」


公園の中に佇む後ろ姿。
間違いない、悠太だ。
もうあの日のような思いはしたくない。
千鶴は力一杯悠太を後ろから抱き締めた。


「千鶴…?」
「ごめん…ゆうたん…ごめん、行かないで…」


声も身体も情けないくらい震えてしまった。
悠太は千鶴の手をそっと解いて千鶴と向かい合い、穏やかな笑顔を浮かべた。


「行かないよ、何処にも」


そして、傘を少し傾けて千鶴をその中に入れた。


「行こう?風邪ひくし」


千鶴の髪、濡れてぺったんこだねぇ。
悠太はそう言って千鶴の髪に触れた。
そんな素振りは全然見せなかったけれど、その手から長時間外にいたことが伝わる。

あぁ、幸せだなぁ。
こんなに自分を想ってくれる人がいるなんて。

心からそう思って、千鶴は「ゆうたん大好き」と言って笑った。



何処か遠くで、いつかのあの日に聞いた鈴の音が聞こえた気がした。







お題は反転コンタクト様よりお借りしました。

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