夢幻

夢現に目を開けたのが始まりであり、終わりでもあった。何時の間に寝ていたのか、また何時から寝ていたのかさえも分からず、そして今の三成にとってはどうでも良かった。
縁側の前に広がる春の庭園にまだ重たげな瞼を必死に持ち上げ目を向ける。春の陽気に包まれた空気は三成を優しく天女の羽衣のように纏い、緩やかで暖かい風に誘われ舞い散る桜の花弁は美しく敷き詰められた白砂に彩りを持たせるが如く彼方此方に敷かれた。
白砂に生える草木に顔を出す赤や白の花もどこか主張したげに柱頭に向かいくるんと可愛らしく緩やかに孤を描いている花弁をゆらりと揺らした。
胡座を組み頬杖を付いた姿勢が辛くなれば背伸びをし、声を小さく絞り上げる。ぐ、と伸びきり体をしっかり伸ばせば力を抜いて腕を胡座の上に下ろし、小さく息を付く。散った花びらを見つめているうちに頭が整頓されたように冴え冴えとしてくる。

夢を見ていたのだ。
後に天下人となる御方に茶を三杯差し出し仕えた夢を。
義を掲げ互いに固く信頼を誓い合う姿を一番隣で見つつ知っておきながら、其が出来なかった夢を。
天下分け目の戦で後に再び義を誓い合った友と酒を酌み交わす事も叶わなく風にそよぎ黄金色に輝く芒を自分の赤で、味方の赤で染め上げた夢を。
その芒を自分が求めていた天下に見たて、その儚く朧げな其に嗚呼所詮は絵空事かとそれを呆然且つ自嘲気味に見つめ遂には目さえ失いまるで此世と来世のように体が神経が心が離れ闇に包まれる夢を。

そこで終わった。夢は終わった。―――否、違う。三成は唐突に顔を上げた。何度花弁を散らしても止まぬ淡い桃色の花吹雪をただ映像として見ては、奥底の記憶を掘り起こすが如く夢の通い路を辿る事に専念した。

見ていた。
確かに俺は見ていた。

何処から、とまでは思い出せないものの記憶は順を追えば思った以上にあっさりと掘り起こされ、再び頭を巡った映像はしかと瞼の裏に焼き付けられた。

そうだ
あの時にして天下は…

三成は襖の擦れる音に気付きそこで思考を途絶えさせた。ゆっくりと振り返ってみればそこには二度と会う事さえ許されぬ、かつて共に戦場に立ち怒涛を燃やした戦友が目線を伏せ正座していたのだ。
数多の戦場を駆け巡り錆びれ傷ついた赤き紅蓮の鎧は、今二人がいる柔らかく暖かい空間とは似つかわぬくらい鈍く光っていた。その鎧は触れれば簡単に崩れ落ちてしまいそうなくらい脆く、そして冷たく見えた。


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