罪と罰(兼続ver.

「どう…して…」

赤黒い海に膝を付き沈む兵士。鎧が剥がれ痛々しい後がついた片腕の傷口を、力強く掌で包む。愛用の十文字槍は柄が折れ使い物にならなくなって地に伏していた。
大量の出血により、兵士――豊臣軍の真田幸村――は目眩がした。
いつものように凛とした声は弱々しく悲しみをおびていた。
言葉を投げかけた向こうにはかつて共に義の世を目指そうと立ち上がった友、直江兼続が幸村を見下ろしていた。眉間にしわを寄せた様はまるで自らを嘲っているようであった。

「すまない…私は、共に誓った事を貫けなかった。守る事が出来なかった……その私がどうだ。今こうしてかつての友を傷付け、死へと陥れようとしている。…最低だな」

かつて尊び敬っていた故上杉謙信と同じ白の衣装。義に背いた罰なのか、今赤黒く染まりきっていた。常に語っていた後ろの愛の字は、もはや判断出来ぬほど血塗れていた。
まるで今の兼続を映しているようであった。

「しかし私はもっと最低な事を考えている。幸村…お前も徳川に下れ。お前にとっては死よりも辛い事かも知れぬ。だが…私にはお前をこの手で討つことは出来んのだ」

まだ甘ったれた事を、と心の内で兼続は毒づいた。理想を捨てたと言うのにまだこのような事を…。
幸村は残りある力を振り絞り、震える体に鞭を打ってなんとか立ち上がった。体中が軋むように痛むのか、酷く顔を歪めている。

「まだ…まだ私には…やるべき、事が…」

今にも倒れそうな幸村に手を貸そうと兼続は手を伸ばしたが、すぐに引っ込めた。否、引っ込めざるを得なかった。

今、自分の立場から幸村に何ができよう
もう決めた事だ。…幸村を討つと決心していたのに

揺るぎなかった心は本人を目の当たりにして、こうも簡単に砕けた。しかし、後戻りはもうできるはずがない。
握っていた剣を幸村の喉元に向ける。息を呑む様が分かった。
目を細めた兼続のこめかみから汗が流れる。重力に従い地に落ちた瞬間、伝令兵がこちらに向かってきた。

旨を聞き、目を伏せる兼続と、目を見開く幸村。

「そうか…秀頼殿が…」

兼続がそう呟いた直後、幸村は呆然として崩れるように膝を付いた。視線はどこをとらえているわけでもなく、困惑に空を見つめていた。

「そんな…では……私は…私はっ……」

兼続は片膝を付き、俯いた幸村に手を伸ばした。もはやかつての友を救うにはこの方法しか無かったのだ。

こんな言葉は吐きたくない

兼続は今にも泣きそうな表情をして幸村を見つめた。

「幸村…手を、取ってくれ」

遠くから歓声が聞こえる。いつも聞いていたこの声は、今となっては心を痛め苦しむものでしかない。

赤い海に膝を付く戦友を、赤い海に塗れた戦友が見つめる。

ただただ、時間だけが過ぎていった。
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