早く愛しいひとに会いたくて、エレベーターホールを駆け抜ける。
鍵を開けるその一瞬ですらももどかしく、ドアノブに手を掛けると同時に左胸に手を入れた。
――と。
―――あれ?
そこに、あるはずのいつもの感触はない。
しまった。またやってしまったみたいだ。
念の為ドアノブを回してみたが手応えはなく、鳴らしたインターフォンにも同じく応答はない。
帰宅した際、マンションの外から灯りが見えなかった事からやはりまだ彼は帰ってないみたいだ。
どうしよ。ヒロさんまだお仕事中かな?今電話したらマズいだろうか。
そう扉の前で考えていたら、もつれ合う二つの足音が聞こえてきた。
「かーみーじょおー。ほら、しっかり歩けって、また彼にいらぬ心配させ・・・ってぅどわっ!?」
文字通り目先に佇む俺を見て、教授はかなり焦ったらしい。
ヒロさんを小突くようにして声を潜める。
「お前今日の事ちゃんと彼に連絡してなかったのか?家の前で彼氏がおかんむりでおまちかねだぞ?」
「ん?おー!のわきお出迎えごくろーごくろー!!」
対するヒロさんはふにゃふにゃと上機嫌で全く危機感がない。
あーこれは完全に出来上がってるな・・・。
「今日は、ゼミの飲み会だからな、じゃっ!」
教授はこれ以上長居は無用と悟ったのか、ヒロさんをとっとと俺に預けて去って行ってしまった。
「―ヒロさん、おかえりなさい」
「ん、ただいま」
ふわふわとヒロさんは微笑む。
「で、いつまでこーやってふたりしてこんなところで突っ立ってるんだ?」
俺、早く風呂入りてーんだけど?とドアを顎指すヒロさんに俺は苦笑する。
「・・・あーそれが、今日家に鍵を忘れてしまいまして」
「ンだよ、またかよ」
全くしょーがねーなぁという感じに眉が潜められる。
「だってそれはヒロさんが出かけに」
昨日はついつい夜更かしをさせてしまって、朝出るのが早かった俺はムリをさせてしまったヒロさんを起こさないよう気遣って家を出るつもりだったのだ。
それなのに―――出掛け間際に鍵を忘れた事に気づいて、部屋に戻ろうとしたら寝起きの寝ぼけ眼なヒロさんが現れて。
眠いのを懸命に堪えて頑張ってお見送りをしようとする可愛いヒロさんを見たら、その・・・ゴニョゴニョ色々あって、俺はすっかり鍵の存在を忘れてしまったのだ。
「ひとのせいかよ・・・」
げんなりしてヒロさんはそれ以上言おうともせず、自分の鞄の中をごそごそと探る。
「ほら」
「え?」
手渡されたのは、ヒロさん用の鍵ではなく、鞄の奥底でもみくちゃになってしまったのだろう、小さなビニール袋の包み。
「それつけときゃ目立って忘れねーだろ」
素知らぬ顔で内ポケットから今度こそ自分用の鍵を取り出すと、ドアに差し込んだ。
「あ・・・」
ヒロさんの鍵にぶらさがるパンダ。
今しがた貰った包みから姿を現したのは、色違いの中華パンダで。
それは数ヶ月前からヒロさんがつけているものと同じもの。
『あと数ポイントでたまるんだ』『間に合って良かった』
一緒にラーメンを食べに行った、あの時の安堵した表情を思い出す。
俺の為にお揃いで揃えてくれたんですね。
それからなかなか渡すタイミングがなかったのだろう。 カバンの奥底に移動しながらも大切に大切に取っていてもらえた。
「ありがとうございます。可愛いですね」
「だろ?だろ?」
「いえ、パンダも、ですが、ヒロさんの方がもっとずっと」
ボッと真っ赤になったヒロさんを素早く抱き寄せ、俺はそっとその唇を掠め取った。
-------< おわり/>
(01.04up)補足:某エゴMADが好きですv
・・・・
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