庄団でほのぼの


「鉢屋先輩、抱き締めてくれませんか。」


委員会と称した茶会の最中、零れ落ちた言葉は一瞬にして、室内の音を消し去った。
実際そんな事あるわけがないのだが、普段ならば私が構おうとしただけでも微妙に嫌そうな顔をする庄左エ門から飛び出したこの一言は、そう錯覚するほどに衝撃的だった。

「え、庄左エ門、どうしたの?」

短い沈黙の後、饅頭を頬張っていた彦四郎が、丸い目を更に丸くしてこちらを見つめている。
その隣の勘右衛門に至っては、完全に面白がっている表情だ。
当の庄左エ門はその視線を、ついでに彦四郎の科白も物ともせず、ぴんと背筋を伸ばして正座している。

「お願いします、鉢屋先輩。」

何かの冗談かと思ったが、こちらを見つめる瞳は痛いほど真剣だ。
可愛い後輩に頼られるのは先輩冥利に尽きるのだが、庄左エ門がこれほど必死になる原因は何なのか、さっぱりわからない。しかも内容が抱擁してほしい。

「まぁ、私は構わんが、何をそんなに一生懸命になっているんだ。」

心配半分、興味半分。
庄左エ門も分かっているのだろう。迷うように視線がふらふらと宙を彷徨う。
けれど、すぐにはい、と頷いた。

「僕の心臓、おかしいんです。」


***


三日前の昼休み

「庄左エ門、今いいかな?」

長屋の自室で読書をしていた庄左エ門の元へやってきたのは、団蔵だった。
部屋に入り、障子を閉めるその手には、教科書が握られている。

「もしかして、さっき出た宿題?」
「さっぱり分かんないんだよ。」
「そりゃあ、あんなに気持ち良さそうに寝てたらねぇ。」

文机に向かう庄左エ門の隣に腰を下ろすと、団蔵は決まり悪そうに頬を掻いた。

「寝てた俺が悪いのは分かってるけどさ、土井先生もこんな難しい宿題出さなくていいよな。」

口を尖らせた団蔵を、苦笑交じりに、まぁまぁ、と宥める。

「教えてあげるから、早く終わらせて遊びに行こうか。」

言いながら身体をずらして、文机を半分空ける。
渋かった団蔵の顔に、ぱっと笑顔が広がった。

「ありがとう、庄左エ門!」

言った団蔵の声が、随分近かった。
いや、目の前に居るのだから、ある程度近いのは当たり前なのだ。
しかし、今、その団蔵の姿はない。
視界の端で、団蔵の髪によく似た藍が揺れるばかりだ。


団蔵に抱きつかれている。


ようやく庄左エ門の思考が追いついたのは、身体を離した団蔵が教科書を捲り始めた時だった。
そこから先はよく覚えていない。
酷く心臓がうるさいのと、ありがとう、と二度目の笑顔を浮かべて部屋を出ていった団蔵の後ろ姿。それだけだ。
自分が、何の説明をしていたのか、全く思い出せない。
しかもそれ以来、どういう訳か、気がつけば団蔵を視線で追っている。
そのくせ、その顔を正面から見ようとすると、あの時と同じように心臓が痛いほど鳴るのだ。


***


「団蔵だけなんです、こんな事になるの。
伊助も乱太郎も兵大夫も何ともないのに、団蔵だけ!」

自分自身に起きている事に対して、思考が追いつかないのに苛立っているのだろう。
話し終えた庄左エ門は珍しく声を荒げて、眉間にしわを刻んでいる。

「また難儀な事を言い出したなぁ、庄ちゃん。」

話の全容に、思わずため息を吐いた。

「残念ながら、それは私がやっても同じ結果だろう。
現に今もしっかり目を見て話せているし。」

まじまじとこちらを見つめる瞳を見つめ返すと、小さく息を詰めた後、沈んだ声でそうですね、と返ってきた。

「…もしかして、僕は病気なんでしょうか?」

本人はいたって真面目らしい。
庄左エ門の背後で珍しく呆れ返っている彦四郎と、笑うのを必死に堪えている勘右衛門が見えなくてよかった。
とりあえず勘右衛門はあとで殴る。

「まぁ、ある意味ではそうだろうな。」

ため息混じりにそう告げれば、庄左エ門の顔から瞬く間に色が失せていく。

「そ、れは、あの、何の病ですか? 僕は、どうすれば良いんでしょう!?」

普段の冷静な彼はどこへ行ったのか。
おろおろと取り乱す様は、予想以上に今の状況に相当参っているようだ。
とりあえず落ち着きなさい、と頭を撫でて宥める。

「庄左エ門、伊助は好きか?」

庄左エ門が落ち着いてきたのを見計らって、口を開く。
唐突な質問に数回瞬きを繰り返した後、好きです、と答えた。

「乱太郎は? きり丸は? しんべヱはどうだ?」
「皆好きです。」
「じゃあ、団蔵は?」
「好きです、けど…」

団蔵の名前が出ただけで途端に歯切れが悪くなる。
好きだと言い切れるはずなのに、何故か腑に落ちないのだろう。
もう少しヒントが必要か。

「友愛、恋慕、親愛、尊敬… 世の中には好意を表す言葉が五万とある。
庄左エ門、お前が団蔵に向ける想いは何だろうな。」
「僕が団蔵に……」

ぽつりと呟いた庄左エ門の顔に瞬く間に朱が走っていく。
ようやく合点がいったらしい。
普段は驚くほど察しが良いくせに、こういう事には全くもって疎い。
声を上げて笑いそうになるのを無理やり呑み込んで、そういう事だ、と苦笑を浮かべると、鉢屋先輩は意地が悪いと思います、と言われた。



終わり

***

ぶっち切った感ぱねぇ…
・鉢屋視点
・庄団がぎゅーってしてる所
というコメントを頂いたのでやってみました。
コメ下さった方、ありがとうございました。

5000ヒットありがとうございました!!



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