兵団でほのぼの
原因は分かりきっている。
疲れていた。
『団蔵、頼まれてくれ!』
普段からは想像できないくらい切羽詰まった様子のきり丸に面食らって話を聞いたのが始まりだった。
また土井先生の家の事で問題が起きたらしく、これから大家さんに会いに行かなければならない。
しかし運の悪いことに今日は図書委員会の活動日なのだという。
乱太郎もしんべヱも都合が悪く、は組の面子も捕まらず、ようやく団蔵に出会えたらしい。
『委員会の仕事、代わりに行ってくんねぇかな?』
ドケチのきり丸に今度食堂で奢るからとまで言われれば、端からそんな気も無いが、無下にする事も出来ない。
そういう事ならと了承して、図書委員の仕事を代行した。
机に座って図書カードを記入している印象の強い図書委員会の仕事なんて、会計の帳簿付けに比べれば簡単なものだと思っていた。
要するに、ナメていた。
主な仕事は書架整理だったが、これが恐ろしく大変なのだ。
重い本や巻物をいくつも抱え、図書室を端から端まで移動する。
しかも貴重な文書が多いため、慎重に扱わないといけないから神経も使う。
普段全くと言っていいほど無縁な作業に、身体はくたくた。
同級生の怪士丸だけでなく上級生にまで心配されてしまう始末。
そんな重い身体を引きずって長屋に帰る途中だったんだから、仕方ないのではないだろうか。
いや、しかし、仮にも忍たまとして如何なものだろう。
そんな終わりのない自問自答をしながら、目の前でニヤニヤと笑う兵太夫を睨み付けた。
言わずもがな。
ぼーっと歩いてたらカラクリに引っ掛かって兵太夫たちの部屋に強制連行された。
どういう仕組みか、ご丁寧に身体は縄で縛られている。
いつもなら噛み付いて文句の一つでも言ってやる所だが、今の疲れ切った状態でコイツの相手をする元気は欠片もない。
「何の用だよ、兵太夫。」
疑問と疑念の入り混じった視線を溜め息と共に投げれば、兵太夫はあぁ、と思い出したように立ち上がった。
そのまま部屋の隅まで歩いて行くと、無造作に置かれていた小さな紙袋を掴み戻ってきた。
床に座らされたままだったので、しゃがんだ兵太夫のきらきらした目が見える。
すっごい楽しそう。
そのまま袋の中をがさりと探り、中身を取り出す。
「……飴?」
鼈甲色の小さな欠片を眼前に差し出され、思いがけず呆けた声が出た。
「団蔵、口開けて。」
意味が分からないまま反射的に口を開ける。
ぽいっと放り込まれた飴の甘味がじわりと舌の上に広がる。
「ちょっとは疲れ取れた?」
首を傾げる兵太夫の言葉に、口内で飴を転がす舌が止まる。
「……多分」
言われてみれば、確かに重い身体から僅かながら疲れが抜けた気がする。
「甘いもの食べると元気になるでしょ?」
思いがけず返事が出来ずにいると、兵太夫はさっきまでの意地の悪いものでなく、純粋に楽しそうに笑った。
そんな風に笑われると、もう首を縦に振るしかない。
いつものように兵太夫の調子に乗せられそうになるのを防ごうと、無理やり話題を変える。
「そもそも、どうして疲れてるって知ってるんだよ?」
きり丸と話した後は誰にも会わずに図書室に直行した。
それこそ、知っているのはきり丸本人と図書委員くらいだ。
訝し気な視線を受けて兵太夫は、えー?と考えているのかいないのか、よくわからない声をあげる。
けれど、すぐに笑った。
「だって僕、団蔵の事いつも見てるからね。」
いつもの意地悪な笑顔で恥ずかしげも無く返された言葉に、顔に熱が集まる。
顔を見られたくないと俯く。
恥ずかしさと同時に、込み上げてくるのはそれ以上の嬉しさ。
随分と現金なもんだ。
兵太夫がくれた飴と言葉だけで疲れなんてどこかへ行ってしまった。
とりあえず縄を解いて貰おう。
飴と元気をくれたお礼に、たまにはこっちから抱擁の一つでも贈ってやろうじゃないか。
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目標を見失いました…
きり丸のでしゃばり具合…
ともあれ、5000ヒットありがとうございました!!
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