私には弟がいるけど、実の弟じゃない。父の前の妻の子供、それが弟の赤司征十郎くんだ。私は私の母が再婚した時の連れ子だ。再婚というには少し綺麗すぎたかな、父と母は父の本妻さんが存命中から不倫していた。本妻さんが生きてる間にも母は赤司家に居座っていたのだから神経が太いと今ならわかる。しかし、幼いころの私はそんなことはわからなかった。いきなりできた弟の征ちゃんという存在に溺愛した。征ちゃんはとにかく可愛く、よく「姉さん」と私のあとをついてきた。「おいで」と腕を広げると私の胸の中に遠慮がちに入ってくる。可愛い、可愛いなんてものじゃない。もう天使の領域である。聡明な征ちゃんはいつからかはわからないが、私の母と征ちゃんの父の不純な関係に私より先に気づいていたらしい。それでも私に懐いてくれていた。まさに大天使。

私が小学6年生、征ちゃんが小学5年生のある日、両親は私達を呼び出してこう切りだした。

「私達、別れることにしたの」

まずあんたら結婚してたんだなということを知り驚いた。本妻の詩織さんが亡くなってすぐに結婚したことになる。しかしそういえばいつの間にか赤司と名乗っていいよと言われていたなと思い出した。

「だから、なまえにはこの家から出ていってもらう」

「!」

それはつまり征ちゃんと離れ離れになるったなことか?それを理解した瞬間、私は叫んだ。

「嫌です!離婚するのはあなた達の勝手だけど、そんな大人の都合で私たちを振り回さないで!征ちゃんだって私と一緒にいたいよね?同じ苗字がいいよね?」

征ちゃんにそう確認すると、征ちゃんはふるふると首をふった。

「姉さんとは違う家に住みたい。違う苗字がいい」

それを聞いた私の衝撃たるや、父と母は安心したように息を吐いた。そこからはあまり覚えていない。いつの間にか赤司家を出ていっていた。しかし征ちゃんを諦めきれない私は征ちゃんが行くであろう中学に先回りして入学し、征ちゃんが入るであろう生徒会に1年生の身でありながら生徒会長として入った。準備は万端だった。あとは征ちゃんが入学してくるだけだ。

しかしプチ悲劇がおこる。入学式の日にインフルエンザにかかったのである。征ちゃんの晴れ姿どころか待ちに待った征ちゃんと1週間会うことは叶わなかった。

やっと治して帝光に向かう。征ちゃんはきっとバスケ部に入っているはずだから、朝練に向かっているだろう。そう見越して朝早めに家を出て体育館の前ではる。すると前方から征ちゃんと髪の毛が緑色の子が歩いてきた。私は征ちゃんに会えたのが嬉しくて、もう一人の子の存在など目に入っていなかった。

「征ちゃん!」

「!」

緑色の髪の子と談笑しながら歩いていた征ちゃんがこちらを見る。相変わらず綺麗な茜色の目をしていた。私はバッと腕を広げる。

「おいで!」

そう言うと征ちゃんの隣にいた子は引き気味に1歩後退した。別に構わない。私は約1年ぶりに征ちゃんに会えたのだから。しかし征ちゃんは困ったように首を傾げるばかりで一向に抱きついてこようとしない。そのことが私を愕然とさせた。

「なんなのだよあいつは」

「……他人だよ」

そんな会話が聞こえてきて頭を鈍器で殴られたような衝撃がおこる。2人は私をスルーして体育館に入っていった。

予想通り生徒会に征ちゃんは後期から入ってきた。しかし、生徒会長の座は奪われた。それでも構わない、征ちゃんと一緒にいれるなら。私は征ちゃんを弟として精一杯補佐した。そのことに征ちゃんは困っている様子だった。

「征ちゃん」

ある日のこと、思い切って話しかけてみる。征ちゃんはまた困った顔をする。

「征ちゃん、私のこと忘れた?姉さんだよ??」

聡明な征ちゃんが忘れるとは考えられなくてそう言うと、征ちゃんは困ったように笑う。

「もうあなたは姉ではありません。俺のことも弟として接しないでください」

目の前が真っ暗になった。そこからの日々はあまり覚えていない。その後すぐに母の都合で転校してしまった。かえってよかったと思った。征ちゃんと一緒にいてももう辛いだけだ。

日々をダラダラと過ごした。私が一日考えることといったら征ちゃんのことばかり。何でもない日を4年過ごした。高校三年生のときにまた転校した。京都の洛山という高校だった。

家に帰りたくなくて図書室でダラダラと時間が過ぎるのを待った。下校時刻までいさせてもらう代わりに図書室の鍵を閉めることを約束した。下校時刻、職員室に鍵を渡して校門に向かう。途中で体育館からバスケットボールが床を鳴らす音が聞こえた。誰かこんな時間にまだ練習してるんだ。自然とそちらに足が動いた。まだ征ちゃんに未練があるのかな。そう思いつつ体育館に向かった。

「!」

そこには綺麗にシュートを打つ征ちゃんがいた。征ちゃんも足音に気づいてこちらを見る。その表情は驚愕に満ちていた。

「みょうじさん……」

「……征ちゃん」

征ちゃんの名前を呼ぶと征ちゃんは苦しそうに目をすがめた。私は靴を脱いで体育館にあがる。

「征ちゃん、そんなに私のこと嫌いになった?」

征ちゃんに近づく。いつの間にか遥かに背を越されていたようで、見上げなければ顔が見えない。私の声はみっともなく震えていた。征ちゃんは怒ったように声を荒あげた。

「そんなわけないじゃないですか!」

「!」

ビクリと肩を震わせた私に征ちゃんはハッとする。そして乱暴に頭をかいた。

「俺があなたを嫌いになるわけがない。」

「?」

じゃあなんで姉じゃないなんて言ったの?他人だなんて紹介したの?そう疑問に思っても答えは出なかった。

「いきなり俺の前から消えて、俺の心にどれだけ穴があいたと思ってる。」

征ちゃんは依然怒ったように、泣き出しそうな顔で言った。

「一緒にいたくないって言ったの征ちゃんじゃない」

「違う、俺はずっと一緒にいるため一時の時間を犠牲にした。」

どういうことだ?と首を傾げる。征ちゃんはそんな私を引き寄せる。すっぽりと大きくなった征ちゃんの体に入る。昔とは立場が逆転してしまったことに驚きを覚えた。

「なまえさん、俺はあなたが好きだ。幼いころから、ずっと」

「!!」

征ちゃんの腕の中で目を見開く。征ちゃんは腕の力を強くした。

「だからあなたにも俺のことを好きになってほしい。もう弟として見られるのはごめんだ」

そう言って赤司征十郎は私にキスをしようとする。私は咄嗟に彼の口を手で塞いだ。彼が私から顔を離す。

「今は、それでいいです。その真っ赤な顔を引き出せただけでよしとしよう」

「へ?」

彼は満足そうに笑った。私は私の頬が赤くなってるなんて、気づくことができなかった。
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