埋めようのないゼロセンチ
「あれ?工どこですか?」
「忘れ物したって言って教室に走って行ったぞ」
部活も終わり、着替えて工を出待ちする。しかし一向に出てこないので獅音さんを捕まえて聞いてみるとそう言われた。私は獅音さんにお礼を言ってその場を後にした。
......
数学のノートを取りに教室に向かう。明日は小テストなのに忘れるとかついてない。置き勉しまくってぐっちゃぐちゃな机からはノートを取るのに少し手間取った。
「あったあった。」
ホッと息を吐く。しかしよく考えると寝てばかりでノートは白紙に近い。取りに来る意味はあったのか?なんて疑問に思っているとガラリと教室のドアが開いた。振り返るとそこにはなまえがいた。
「工......?」
「げっ」
つい心の声が漏れてしまう。
「げって何よ」
なまえはご立腹だ。今あまりなまえに関わりたくない。こいつが変わってきているなんて気づきたくないからだ。俺はなまえから目をそらした。
「......なんか用かよ」
「一緒に帰ろうと思って......。工?」
一向に目を合わせようとしない俺を不審に思ったのかなまえは俺の顔を覗き込む。俺はなまえの目を見ないようにつとめた。
「っ。こっち見なさい!」
「!」
ぐいっと胸ぐらを掴まれ無理やりなまえの方を向かされる。ああ、そういえばこんな風にしてキスされたななんて思い出してしまい、ついなまえの唇を見てしまう。......柔らかかった。もう一度したいなんて思う自分に焦る。嫌だ、変わりたくない。こいつとは幼馴染みでいたいんだ。
「離せ、バカ」
「っ!」
掴まれた胸ぐらを無理やり外してなまえから目をそらす。するとなまえは傷ついたように俯いた。そのことにズクリと胸が痛くなる。しばらく突っ立ったままでいるといきなりなまえは俺に抱きついた。
「なっ、ばっ!はな.......」
「どうしたら好きになってくれる?」
「っ!!」
抱きついたなまえの体は小刻みに震えていた。だめだ、そんな反応をしないでくれ。俺は変わりたくないんだ。気づきたくないんだ。お前のことが好きだなんて、気づきたくないんだ。昔のまま、バカやって騒いでずっと隣にいたいんだ。
「俺......はっ!幼馴染みでいたいっ。」
「.............................。」
長い沈黙の後、すっとなまえは俺から離れた。
「わかった、もう言わない。今までごめん。」
なまえは掠れた小さな声で呟いた。
「しぶといって言ったけど、あれ嘘だったみたい。もうむり、つとむのこと好きでいるのやめるっ」
「!」
なまえは一粒涙を残してその場から走り去った。俺の胸は嫌な風に早鐘を打っていた。何で?変わりたくないんだろ?だったら俺のこと諦めてもらったほうがいいじゃないか。
「はは、本当なんなんだよっ」
俺は痛み始めた心臓をつかんだ。
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