第7回 | ナノ
年中きれいな紅葉が実っているエンジュシティのスズねのこみち。その外れに家があった。全て木造建築で外観はともかく中身も質素な作りであるこの部屋は早朝なのにも関わらず酷く薄暗く、明かりとなる物は机上の蝋燭の炎しかない。蝋は燃えて受け皿に落ち、消えかかった蝋燭の炎の隣には朝の五時を指す時計が置かれていた。元々、静かな街ゆえに他の街から切り離された孤島のように静まり返っていたが、これほどの雰囲気を纏った部屋は探しても早々ないだろう。


「………ん」

「ごめん、起こしちゃったかな?」


ぼんやりとしている意識の中で横から囁くようにマツバの声がした。まだ寝起きなのが原因だろう、頭がくらくらして脳内でマツバの言葉を理解しようとしないのは言うまでもない。


「ちょっと読みたかった本があってね。明かりはここしか点けてなかったからずっとここで読んでたんだ」


マツバは手に持っていた小説と思わしき本に栞を挟んだ。小さい頃にわたしが作った栞、まだ使ってくれてたんだ、と、ふと思うとわたしは今まで一分間ほどストップしていた思考回路がいきなり動き始めた。何かにもたれかかっていた身体は反射的にびくっと跳ね上がった。


「……はっ!」

「…今ちゃんと目が覚めたみたいだね、おはよう」

「な、な、なっ!」


何でマツバが隣に居るの、と言いたかったのだが焦りと衝撃でちゃんとした台詞が出てこなかった。今まで寝ぼけていたので気づかなかったけれど、わたしはマツバの肩に頭を乗せて横に寄りかかる感じの体勢で寝ていたようだ。


「お、おはようマツバ…」

「僕がこっちの部屋に来たときはテーブルの上にうなだれて寝てたから、やっぱり硬いとこに頭置いてると痛いでしょ?僕は一晩中寝ないでいるつもりだったから勝手に体勢を変えたんだ」

「へ?」


わたしが声を出す隙も与えず「慣れない体勢になってたから首痛くない?」と微笑みながら尋ねられたので「全然、大丈夫…」と小さく答えることしかできなかった。一晩中、マツバに寝顔を見られていたのだと分かると恥ずかしくて仕方がない。マツバの目を直視できない。


「ちょっとここ空気が籠もってて暑いね。隣の部屋から扇風機かなにか持って来ようか?」

「…ううん。今はマツバの隣がいい」

「それならいいんだ」


マツバはまた笑った。
トレードマークであるヘアバンドを外して額に少し流れる汗を拭うと、先ほど栞を挟んでおいた本を再び手に取って栞を引き抜いた。


「このまま二度寝する気かい?」

「ううん、寝ないよ。だってさっきわたしマツバに"おはよう"って言ったじゃん」

「なるほど、そっか…」

「"おはよう"って言うのは一日に一度で十分だよ。あっ、でもわたしがもしうっかり寝てしまってたら叩いてでも起こしてね」

「はいはい…」


思いつくがままに言葉を紡ぎ出して、
矛盾しているわたしの台詞にマツバは苦笑した。



起きたときには『おはよう』って言うのがあたりまえ、寝るときは『おやすみ』って言うのがあたりまえ。そんな"あたりまえ"のことが自然と出来るわたしたちは幸せなんだと、わたしがマツバの左側に居る限り、ずっと絶え間なく感じさせられるんだ。




左側のぬくもりとおはよう
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -