第6回 | ナノ
彼の笑った顔が大好きだった
授業中に見せる考えるような仕草も、部活中仲間へときれいなトスを上げる姿も
小さいときからずっと一緒にいたんだ。思い出せばきりがないくらい大好きなところがいっぱいある



『ドアが閉まります。ご注意ください』



アナウンスの声が響いて大量に人を吐き出した扉が閉まる
ゆっくりと列車が動き出すのと同時に手元のキャリーバックがゆらりと滑る
それを静かに押さえて私はドアの窓越しに外を眺めた

明日から学校が始まれば自動的に彼とまた会うことになるだろう
そのとき私はちゃんと笑えるだろうか、いつものように「孝支」と呼べるだろうか
だんだんと喉が苦しくなるのを感じながらそんなことを考えていたときだった



「あれ、なまえ?」



不意に呼ばれた名前、顔を上げてばちりとぶつかった視線
驚愕で目を見開くのと同時にさっと顔から血の気が引いていくのを感じた
人が多くてお互いいることに気がつかなかったのか、しかしそんなことはもはやどうでもいい
つり革につかまってびっくりしたように私を見る彼
驚きから笑顔に変わった孝支はだんだんとこちらに近づいてくる



「久しぶり。
えっと、旅行の帰り?」

「孝支こそ、バレー部はお休みだったの?」



とうとう私と向かい会うようにドア付近に移動した彼は「うん、今日は私用でね」と笑ってポールに寄りかかる
もしかして、あの子とお出かけした帰りなんだろうか
私服姿の彼を見つめながらぼんやり考えていると、「一人?」と孝支は質問を私に投げかける
それに対して私は首を縦に振る



「傷心旅行だからね」



自虐的に誰にも聞こえないように小さく呟いたつもりだった
なのに彼の耳はそれをとらえてしまったらしい
驚いたように見開かれた彼の目と私の視線がぶつかり合う
しかし電車が止まり扉が開いたことによってそのつながりは途絶えた
二人の間を数人の人が乗り降りする



「失恋、したの?」



次の駅だな、と路線図を眺めているとふいに声を掛けられる
先程と同じように無言で頷くと彼はびっくりするような強い声で「誰に」と言葉を発した
驚いて思わずキャリーバックの取っ手を手放しそうになる
誰に、とはなんだろう、振られた相手を言えということなのだろうか
なんでそんなことを聞くのか、なんで彼はそんなことを知りたいのか
真っ直ぐ射抜くような視線に目が離せない
それはまるでどうして教えてくれなかったの、と私に問いかけているようで



「…なんで」



喉が苦しくなり視界が滲んでいく
孝支は私を見つめたまま何も言わずに返答を待っている
なんで、どうしてそんなこと聞くの
聞かれたって言えない。この状況で、目の前の彼に言えるわけがない

顔を伏せ黙りこくっていると次の停車駅を知らせるアナウンスが鳴り響く
目を何度瞬いても滲む視界は元に戻らない
電車が速度を落とし始めゆっくりとホームの横に停車した
私は俯いたまま震える喉で必死に声を絞り出す



「…たくない」

「え?」



ドアが開いて人がぱらぱらと降りていく
私はバックの取っ手を握り締めて、顔をあげて彼を真っ直ぐに見つめた
歪んで悪い視界の中でも彼が目を見開いたのがはっきりと見えた



「こ、うしには、言いたく、ないっ」



溢れた涙が頬をすべり落ちた
何か言おうとした彼の言葉を遮り、取っ手を持ち上げ荷物とともにホームへ降り立つ
後ろでドアが閉まる音がしても私は決して振り向かなかった

生ぬるい風とともに彼を乗せた電車が去っていく
荷物を引きずってベンチに座り、誰もいないホームで私は泣いた
吐き出せなかった思いで膨らみ傷んだ心は今にも破裂しそうだった




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