第5回 | ナノ
「泣きたいなら泣いたらどーよ?オマエは選手じゃねーんだし泣いてもいーんだぞ。」

彼女自身も分かっているのか、唇を噛み締めて思いっきり首を横に振る意地っ張りなやつ。スカートをしわくちゃに握る拳は血色を失って真っ白になっていると言うのに最後の最後までオレの前で頬を濡らすことはなかった。きっと、彼女が素直に泣いていたらオレも堪えきれず泣いてたのだと思う。
小刻みに身体をふるわして「わたしが泣くのはなんか違うと思うの。」そう、零した。何が違うと言うのだろうか。一塁側に座していた彼女は、確かにマネジでもなくただ野球観戦がスキだという西浦高校1年生のおなじクラスで隣の席の割と仲が良くなった女の子だ。じぶんが日常通っている高校が負けたのだから泣くのは当然だと思うし、周りのヤツらは目ん玉を滲ませ静かに涙を零していたのも伺えた。それが普通なんだ。

「がんばってる泉くんたちが泣けないのに、わたしは泣けないよ。」

ムリヤリにつくり笑いをする彼女の顔にじわじわと身体全体が実感し始める。オレたち最初の夏は終わったんだ、と。

あの日、覚えているのは、抜けるような夏の匂いと耳を塞ぎたくなるほどにじぶんを主張したがる蝉しぐれ一色。真っ青なキャンパスにぽつりぽつり浮かぶ入道雲に混じって悔しさがひとつ、ふたつとみっつばかし。心の水溜りに静かに沈んでいくどうしようもない気持ちがお腹をふつふつと刺激してくるのを感じながら彼女の必死に涙を堪えるぶっさいくな顔と視線が交じり合ったこと。土埃と一緒にゆれる適度な長さに調整された無地のスカート。

「あ、泉くーん!」

小さい身体に不釣合いに顔が隠れるほどの大きなダンボールを抱えながらこちらに向かってくるのは、聴き慣れてしまった彼女の声だ。今にも転びそうでふらふらと足元のおぼつかなさを見ると自然と笑いが込み上げてくる。「オマエが持ってっと不安だからソレこっちに寄越せ。」有無を言わさずダンボールひったくると不機嫌そうな声色を覗かせた。ダンボールの中身はところ狭しと詰められた苦い最下位用のプロテイン。オレは普通の味のプロテインしか飲んだことがないから未知の世界だ。隣でなかなかおとなしくならない彼女にしょーがねーからと被っていた帽子を頭に被せて持っていたグローブを渡す。

「これじゃ、不釣合いだよ。わたしはマネジなんだからその仕事はわたしの仕事なの。」

少し大きめのひじ上まであげられらジャージはだらしなくおちてきてだらしない。それをグイと片手で直して「そのダンボール返して。」と諦めのワリィことワリィこと…!空はあの終わった夏とおんなじくらいに真っ青で今にも蝉の鳴き声が聞こえてきそうだ。あの後、ミーティングの終わりにグラウンドに顔を見せたコイツは野球部のマネジになると言い出したのだった。遠くで篠岡が彼女の名前を呼ぶ声が聞こえて、諭すように顎でそちらをさしてやった。

「運んどいてやっから、しのーかのとこ行ってこい。」
「で、でも・・。」
「オレがいーって言ってんだから。人の親切はありがたく受け取っておけっての、」

納得のいかない様子でオレと篠岡を交互に見ると、初めてオレと会った日と変わらない他人行儀めかした態度でぺこりと頭を下げた。彼女はあの時から何もかわってないんだな。我慢強いところも、他人に頼るのがへたくそなところも。

「おい!」
「な、なに?」
「今年こそは泣かせてやる!」
「え、え?」
「その時はぜってーに嬉し涙だかんな!」

あっつい。蝉の泣き声はまだしない、青い空に雲は一つもない。あっつい。じぶんがこんなクサイ台詞を言うなんて、きっと今もこれからもずっと彼女だけなんだろうな。嬉し涙に変えれたとき言えなかった気持ちを彼女に伝えようと思う。今は、彼女の耳まで茹蛸にした驚き顔で我慢しておこう。
さわさわと木々と彼女のスカートが揺れて、まるでオレの背中を押すみたいにゆっくりと、そよぐ風に乗って夏の匂いがした。


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