第5回 | ナノ
「……練習、試合?」

「はい。カントクが黄瀬くんのいる海常と試合を組んだそうです」

「そっか……」


 黒子から告げられた報告になまえは静かに視線を落とした。
 誠凛高校バスケ部の監督はひとつ年上の女子生徒、相田リコが務めている。黒子から聞く限りとても優秀な人だとか。


「頑張ってね」

「なまえさん」

「私は見に行けないから」


 黒子の言葉を遮って、なまえは首を左右に振った。

 入学式の翌日、バスケ部を見学しに行った。ボールを弾く音、バッシュの擦れる音。それらを聞く度に身体が震えてしまう。

 結局、なまえはどこの部活にも所属していない。

 自分でも情けないと思う。だが、それほどまでになまえの心には埋まらない溝が出来ていた。


「黄瀬くんもなまえさんに会いたがると思いますよ」

「えー?あははっ、ないない。黄瀬くん絶対私のこと嫌いだもん」


 黄瀬涼太。二年からバスケ部に入って、青峰によく懐いていた同級生。

 青峰のことで何かと張り合われていたような気はするが、好かれているような記憶はまったくない。


「ごめん、黒子くんにそんな顔させるつもりじゃなかったの」


 目の前に立つ黒子の表情は心配そうに眉を潜めていて。なまえは苦く笑って黒子の肩を叩いた。


「私のことは気にしないで?黒子くんは、バスケを思いっ切り楽しんでいいんだよ」

「ボクは」


 そんななまえの手を握って、黒子は真剣な眼差しでなまえを見る。


「なまえさんも一緒でなければ、嫌です」


 その視線から逃げるように、なまえは目を逸らす。


「……ねえ、黒子くん」


 胸元のペンダントを握り締めながら、消え入りそうな声で呟く。


「私ね。また…楽しそうにバスケをする大輝が見たいんだ。これって、ワガママかなぁ」

「そんなこと、ありません」


 ボクも、同じです。
 そう言った黒子の声は微かに震えていた。

 記憶の中の貴方はあんなに楽しそうなのに、どうして現実はこうも優しくないのだろうか。

 勝手に怖がって、一人で悩んで、逃げて。
 そんなことをした癖に、未だに青峰大輝という男の存在を忘れることが出来ない自分。

 机に置いたコルクボード。そこに貼られた一枚の写真。
 無邪気に笑うバスケ部のレギュラーたちの姿を写したものだ。

 なまえは未だ、それを剥がせずにいる。
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